日常に至る経緯7.5
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一之瀬結理という少女は、驚くほどの速さで剣呑と超常が日常のヘルサレムズ・ロットに、そしてその剣呑に立ち向かう秘密結社ライブラに馴染んでいっていた。
異次元の存在とは言っていたものの、生活様式はほぼ変わらないようで特に不自由している様子もなく、外国語を苦手としている者が多い日本人とは思えない程(ザップの悪態に涼しい顔で対応できる程度のスラングも含めた)英語も堪能だ。また、どこで習ったのか事務仕事にも非常に慣れている。
「昔みっちり仕込まれまして……」
と、顔を若干青ざめさせながら答えていたので、彼女に仕事を仕込んだ誰かはそれなりに怖かったようだ。
素直で、強く、有能。
その言葉だけを並べれば非常にありがたい人材なのだが、どうしても拭えない疑念があった。
吸血鬼に連なる者。
普段を見ている限り、少女に吸血鬼らしい所は見られない(強いて言うなら異常な程貧血になりやすいのと犬歯が少々尖っているぐらいだろう)。血を求めず、理不尽な戦闘力や再生力も持たず、鏡にも映る。確かに少女の容姿に不釣り合いな程戦闘慣れしているが、騒動に突っ込んでいってはどこかしらに傷を負っているし、その傷も治りは早いものの一瞬で消えるということはない。
だが、果たしてそれは本当なのだろうか?
圧倒的な力を持つ血界の眷属が、わざわざ自分の本性を隠してまで敵対者の懐に入って来るというまだるっこいことをするのかと問われれば首を捻らざるを得ないが、疑惑が残る以上一之瀬結理を認めるには抵抗があった。
そして、彼女と主に関わる面々の中で少女に対する疑惑を抱き続けているのが自分一人だけだということに、スティーブンは気付いていた。
「とても優しく誠実な少女だと思う」
一之瀬結理をどう思うかという問いかけに答えながら、対面にいるクラウスは駒を一つ動かした。
「……スティーブン、君は未だ彼女を疑っているのか?」
「そんなんじゃなくてさ、お嬢さんがライブラに入ってある程度経っただろう?その間に第一印象から変わったかな?ってだけ。長考の時間稼ぎさ」
冗談めかして即答すると、クラウスは「成程」と頷いた。スティーブンは言葉に出した通り次の手を考えつつ、こっそり相手の様子を窺う。それに気付いているのかいないのか、クラウスは内容を吟味するように沈黙してから、問いかけに答えた。
「変わった、と言うよりは再認識したことがある」
「ふうん?」
「結理君は常に前を向き、強く在り続けようとしている。他人の顔色は窺うが、媚びたり自身の想いに反することはしない。色々な意味で、強い少女だ。出会った時から今までずっと、その姿勢を貫き続けている」
「強い、ね……それは分かる気がするな」
答えながら、スティーブンは駒を動かした。クラウスはわずかに眉を寄せたが、すぐに攻め返す。駒の置かれた場所にスティーブンは数瞬だけ盛大に顔をしかめてから、小さく息をついて盤面を睨みながら雑談を続ける。
「警戒も監視も、全部当たり前みたいに受け入れたんだよなあ……彼女」
「恐らくそういった視線をずっと受けてきたのだろう。あの姿勢も、そうしなければ生きていけなかった故の結果なのかもしれない」
「人外……吸血鬼に連なる者、か……」
それが何らかの害にならなければいい。
胸中で留めたつもりだった言葉は外に出ていたらしく、クラウスがやはり疑っているのかと言いたげに強い視線(本人としては訝しんでいる程度だろう)を向けていた。内心「うわ怖い」と思いつつ、スティーブンは苦笑を漏らして言葉を繕う。
「彼女がいらんトラブルに巻き込まれないといいねって意味さ」