日常に至る経緯7
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そんなやり取りから何日か後の朝、起きるとちょっとずつ減っていってた監視の気配が完全になくなってた。どうやらわたしに対する警戒と疑いはめでたく晴れたっぽい。
この前のやり取りが理由だとしたら、結局あれは何が正解だったんだろう…?何か最終的にチェスしまくって終わっただけのような気もするし……
分かんないけどとりあえず出ようと思って、わたしはコートを羽織って寝起きしているアパートを出た。
旧市街の外れにあるアパートは中心街からちょっとだけ遠いけど、その分なのか治安がそこそこいい。正直治安はどうでもいいからライブラの事務所近くで家賃の安い所を探してたんだけど、クラウスさんに全力で反対された上にこんこんと、もう小さい子にでも言い聞かせるみたいに説得されちゃったので、HLの中じゃ比較的平和というか静かな区域のアパートを選んだ。元々事務所の一室に住めばいいって言われてたのを断って住むとこを探してたから、それ以上わがままを言う訳にもいかなくて、更に設備費として活動資金に家賃分の上乗せまでしてもらっちゃって、わたしは白旗をあげるしかなかった。
……家賃分出してもらってたら事務所に間借りするのと大差ないことはこの際見ないふりで……
でもまあ確かに、セキュリティがそこそこしっかりしてるのは、お風呂や寝る時まで気をとがらせなくて済むし、悪くない。けど歩くにはやっぱちょっと遠いんだよねえ……お給料入ったら自転車かスクーターか、何か移動手段買おう。
そんなことを考えながら歩いてると、段々見慣れてきた街並みになった。朝早いからなのか今日は割と静かで穏やかだ。爆発もないし刃傷沙汰もない。何かの残骸はあるけどそれはいつものことで、街路清掃ぽい人がさっさと片付けてる。裏路地に入っていくつか入り組んだ道を抜けて事務所に着くと、手間取ることなく手順を踏んで扉を開けた。
最初は何回か今日の扉を間違えたけど、慣れちゃえば普通に鍵を開けるのと何も変わらない。
「おはようございまーす!……って、」
一日の始まりはあいさつから。というのは家の家訓でもある。わたしは元気にあいさつをして事務所に入った。事務所にはクラウスさんとスティーブンさんとギルベルトさんと、もう一人知らない男の人がいた。何か話してたみたいで、ギルベルトさん以外はクラウスさんの机の前にいる…
…………ん、だけ、ど……
知らない男の人は頭のてっぺんからつま先まで、とんでもなく禍々しい気配がまとわりついてた。何あれ……呪い?みんな普通にしてるってことは気付いてるのはわたしだけか、男の人にとってそれが普通なのかのどっちかなんだろうけど、呪いの量も質もとんでもなさすぎる…!!何でこの人平気な感じなの…!?
「おはよう結理君……どうした?」
「あ、いや、その……」
「ん?おお!彼女がユーリ一之瀬か!」
不思議そうな顔をしてるクラウスさんに答えられないでいると、男の人がものすごい勢いでわたしに詰め寄ってきた。背も高いから迫力がものすごくて、わたしは思わず構えそうになるけど、両腕を思いっ切り掴まれてそれもできない。すいません痛いです。
「あ、あの……わたしが何か……?」
「話は聞いている!君は異次元の血界の眷属の血を引いているそうだな?それも『同族殺し』の能力を持っている!是非!君の血を採取させて欲しい!!」
「ええっ!?ちょ、そ、その前にどちら様なんですか!?」
突然詰め寄られた上に血をよこせって言ってくる男の人に、わたしはただただ戸惑いまくるしかできなくて、とりあえずこの人が何なのかを聞いた。事務所に普通にいるから敵じゃないのは確かだけど、呪いのせいで第六感的なのがさっきから臨戦態勢をとりたがっててしょうがない。はっきり言ってこの人ヤバいって警告しまくってる。
「彼はブリッツ・T・エイブラムス。血界の眷属対策の専門家でね、君の話をしたら是非会いたいと朝一の便で飛んできたんだ」
「そ、そうですか……」
どうしよう……呪いのこと聞きたいけど聞いていいのかな……?
いや、それ以前に、血界の眷属対策の専門家がわたしに会いに来たってことは……嫌な予感が……
そう思ってたらわたしが今入ってきたドアが勢いよく開いた。振り向くと入ってきたのはザップさんだった。朝から来るなんて珍しいなあ。
「っ!うわああああああああっ!!?」
一応声をかけようとしたら、ザップさんはエイブラムスさんの顔を見た途端お化けにでも遭遇したみたいに顔を真っ青にして叫んだ。
あ、これ呪い周知の事実ってやつだ。本人が知ってるかは分かんないけど。
「エエエエイブラムスさん何でいるんすか!!?」
「ユーリ君の話を聞いてすっ飛んできたんだ!異次元の血界の眷属の血を引く存在なんて珍しいどころの話じゃないからな!!」
「あーそりゃー……ゴシューショーサマで……」
「ちょっとやめてください死亡フラグ立てないでただでさえ今泣きそうなんですからわたし…!!」
ザップさんがこっちを見て顔を引きつらせるから本格的に嫌な予感しかしないぞ……わたし標本にされちゃうの?やっぱりそういう目的でライブラに引っ張り込まれたの…?!
「別にここで解剖しようってわけじゃない!解剖してみたい気持ちは無くはないが……血を少し……とりあえず3リットルほどあれば」
「どこが少しですか死ぬわ!!わたし身体構造ほぼ人間なんですからそんないっぺんに抜かれたら死んじゃいますよ!!」
「う……そうか……では2リットル」
「リットルから離れてくださいぃぃぃっ!!!」
ヤバいヤバいヤバい今さらっと解剖したいとか言われたんだけど!わたしやっぱり殺される!!標本にされる!!ビンの容器が棺桶になるぅぅぅ…!!!今日がわたしの命日か!いや!もうこうなったら全力で抵抗しよう!大人しく死ぬのは嫌だ!!!
「エイブラムスさん、」
ひとまず逃げようと思ったら、後ろから両肩に手が置かれて、誰かが自然にエイブラムスさんから離してくれた。振り向いたらいつの間に移動したのかスティーブンさんが立ってた。もしかして、いやもしかしなくても、助けてくれた…?
「稀有な存在に心魅かれるお気持ちは分かりますが、彼女をライブラへ迎え入れたのは被検体としてじゃありませんよ」
「異次元の血界の眷属の血を持つとはいえ、一之瀬結理君は我々の同志です。どうか……御配慮を」
スティーブンさんの言葉の後を続けるみたいに、クラウスさんがものすごい真剣な顔で静かに言った。ザップさんは何も言わなかったけど、緩く拳を握ってるのが視界の端で見えた。ちょっとだけ空気がぴりついて、嫌な沈黙が流れる。
な、何か……すごく申し訳ないんですけど……わたしのせいでここで言い争いとか始まらないよね……?
そう思ったけど、幸いそんなことにはならなかった。エイブラムスさんはクラウスさんとスティーブンさんとザップさんとわたしを順番に見て、ため息をつきながら頭をかいた。
「……いや、申し訳ない。少し興奮し過ぎちまったな」
「……あ、あの……採血自体は協力できるんで……リットル単位じゃなければどうぞ」
思いの外落ち込んだみたいにエイブラムスさんが言うから、わたしもそんな風に返してた。悪い人じゃないっていうのは、よく分かったから。
そしてその十分後、わたしはその申し出を後悔することになる。