日常に至る経緯7
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「……化物のお嬢さん(モンストレス)」
「何でしょう?」
……ああ成程。そういうことか……
何を試されているのかが分かると、少しだけ気持ちに余裕が生まれた。繕う必要はない。隠す必要もない。わたしはわたしのままでいい。
それでも乗り切れなかったら……まあその時は泣いて土下座でもしようかな…?あ、ダメだ、足凍ってるから土下座できない。
「これだけ酷いことをしてるんだ、もう少し慌てるなり怒るなりしていいんだぞ?」
「ここまで見事に凍らされちゃったら慌ててもどうしようもないし、怒る必要はないです」
「理由も分からずこんな目に遭ってるのに?」
「理由は分かってますよ。わたしは吸血鬼の血統ですから」
スティーブンさんの言葉に返事をしながら、わたしは中腰でいるのがきつくなってきたから座り直した。あえて核心を突く言葉を返したけど、スティーブンさんは表情を変えない。でも多分、正解だ。
わたしの中に流れる吸血鬼の血。それは『牙刈り』と呼ばれる血界の眷属と戦い続ける組織の人が疑って、警戒するには十分すぎる理由だ。異世界であろうと人から見た吸血鬼像はほとんど大差ない。この手の視線には慣れているし、間違った対応ではないとも思う。
「でも、わたしに流れる血が何であれ、わたし自身にやましいことはないんで、いくら試されても問題ないです」
「このまま氷漬けにされても構わないと?」
「何言いだすんですか嫌に決まってるじゃないですか!流石にそれは大問題ですよ!」
試されるのはいいけどこのまま凍らされたらひどい冤罪だ!!でも本気でやりそうだから怖い!!こっから反撃なんて百パー無理だわ!!
さらっと怖いこと言うから思わず反射的に叫び返しちゃって、ちょっとだけ気まずい沈黙が流れたから引きつりながらも笑って、わたしは続ける。
「まあ……何もしてないのに氷漬けにされるのは勘弁してほしいですけど、疑惑を向けられるのは別におかしいことじゃないとは思ってます。わたし自身がそもそも怪し過ぎますし、吸血鬼は元来そうゆう立ち位置の種族です」
吸血鬼っていうのは、人外の中でも最も分かりやすく人の命を糧にしてる種族だ。それはどこの世界も同じ。血界の眷属は基本的に人間と共存する気がないみたいだから、少しでもその血が入ってれば、ましてや彼等と戦ってる人達なら警戒するのが自然だ。それにわたしはこの世界での記録が一切ない。得体の知れなさはそれで輪がかかる。
でも……
「正直言ってクラウスさんの方に驚きましたよ。色々本筋じゃないにしても本来なら敵の種族のわたしを、『一之瀬結理』っていう一人として見て、ライブラに入れてくれたんですから」
クラウスさんはそうじゃなかった。もちろん、最初にわたしが吸血鬼の血を引いてることを聞いた時は警戒した。でもそれもほんの少しの間だけで、わたしの話を全部聞いた後はこっちがびっくりするぐらいあっさりと、わたしを受け入れてくれた。
「その時に思いました。クラウスさんだけは絶対に裏切りたくない。わたしは、わたしの全部を捧げてでも、クラウスさんの力になりたい。その為なら何にでもなろうって」
そう。あの時にわたしの意思は決まった。誰に何を言われようと、どんな目を向けられようと、たとえほとんど役に立てなかったとしても、クラウス・V・ラインヘルツという人の助けになりたいって。
「それだけは、疑われたくないです」
断言して、わたしはスティーブンさんを見た。ずっと変わらない氷みたいに静かな目を、真っ直ぐに見て問いをぶつける。
「スティーブンさんも、そうなんでしょう?」
スティーブンさんがクラウスさんのことをすごく信頼して、助けになろうとしてるのはライブラに入って日が浅いわたしでもすぐに察することができた。仲間であり友人であり、みたいな強い絆は二人の会話を聞いてるとよく分かる。多分付き合いも長いんだろう。
だから今わたしを試している。わたしが組織にとって……クラウスさんにとって本当に害をなす存在じゃないのかどうか。
だからわたしも全力で応える。わたしが害をなす存在には絶対にならないことを。
言葉でうまく伝えるなんてできない、この世界で何も持たないわたしにできるのは、自分を隠さずにただ突き進むだけ。
「……君は怖いもの知らずだな」
「そんなことないですよ」
時々そういう風に言われるけど、わたしは怖いもの知らずなんかじゃない。今だって本当は怖いし、このまま疑われ続けたらどうしようって思ってる。正直泣きそうだ。
疑われるのはしょうがないとは思うけど、平気って訳じゃない。それが同じ組織に属してる人ならなおさら……
「実は今すごい泣きそうだって言ったら、信じてくれますか?」
「疑うね」
「うわひどい!即答!?」
「冗談だよ」
本音で話してるのに即答された!!ちょっと待って氷漬け確定なのわたし!!?何にもしてないのに!!?何それ超理不尽!!
本当に泣きそうになったけど、スティーブンさんが噴き出しながらそう言ったら足から氷が退いていった。ちょっと冷たいけど、足は何ともない。
スティーブンさんの方を見ると表情が和らいでた。わたしを見る目も、もう氷じゃない。
「悪戯にしては少し度が過ぎたかな」
「……いえ、はい、まあ……結構足冷たかったです」
いたずらって……中々過激ないたずらだな……ああでも、この間何かやらかしたらしいザップさんのこと軽く凍らしてたから案外本当にいたずらの範囲内だったのかもしれない……え、こわっ…いたずらでさらっと人の足凍らすとか超怖い……
「というわけで、もう一局お願いします!」
「本当にブレないな……」
とりあえずこの空気を払拭したくて対局を申し込んだら笑われた。空気ブチ壊してる自覚はあるけど、気にしてませんよって意思表示みたいなもんだ。それにわたしは試されたけど、敵意を持たれたわけじゃない(……多分)。終わっちゃえばただのちょっとしたやり取りだ。そこにわだかまりなんて残らない。
「俺も甘くなったかな…?」
「え?何ですか?」
「結理、」
「はい」
「さっきの最後の手番、ビショップを守りに向かわせてたら、詰みまでもう5手は延ばせたぞ」
「……それ延命にしかなりません?あ、でもそっか、その5手で攻め切れたかもしれないってことですね!」
「それはどうかな?」
「もー……上げるのか落とすのかどっちかにしてくださいよぉ……」
それから、クラウスさんが帰ってくるまで5局ぐらい対戦して、わたしは一回もスティーブンさんに勝つことはできなかった。滅茶苦茶悔しかったんだけど、そんなわたしを見るスティーブンさんは何でか楽しそうだった。