日常に至る経緯6
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「結理君が出くわしたのは、恐らく下級の血界の眷族だ」
「下級……ですか?あれで…!?」
「長老級だったらお嬢さん一人で何とかできる相手じゃない。連中は串刺しにされたぐらいで逃げたりはしないよ」
「はあ……すごいですね……」
地下道で起こったことの報告を終え、自分と対峙した存在の解説を聞いた結理は、目を丸くして呆けたようなため息をついた。血界の眷族の存在は多少以上は聞いていて、実際相対してみれば話の通りだったと思ったのだが、更に上がいるという話に驚きしか出てこない。
「しかし、何故血界の眷族があのような場所に……中心地からも大分離れているというのに……」
「連中の考えは理解が及ばないが、あの辺り一帯は再調査をかけた方がいいな。しかしまあ……予定とは大分違ったが、お嬢さんの感知能力もある程度把握できたし、『同族殺し』の効果も知れた。下級とはいえ血界の眷族相手に一人で戦い抜いて軽傷で済むなんて、中々やるじゃないか」
「ありがとうございます」
称賛の言葉に、結理ははにかんだ笑みを見せた。
「……っ……チェインさん?」
気配を感じて、報告書を書いていた結理は顔を上げた。いつものように入ってきたチェインは、結理の隣に座ってから姿を見せた。隣に座られたことに驚いたらしく、少女は怪訝そうに瞬きをする。チェインは、そんな少女の頬に張られたガーゼにそっと触れる。
「あの時、私がいたから氷の術使ったの?」
「え?あー……はい。でも、まあ、わたしも出口まで間に合いそうになかったんで、どっちにしろでした」
「別に瓦礫が落ちてきても問題ないんだけどね、私。」
「……そういえばそうでしたね。いやぁー、強いのと戦ってたんで、余裕なかったんですねぇ……」
あはは……と苦笑を洩らしてから、結理は「あ、でも」と続けた。
「避けられても、瓦礫とか降ってきたら怖くないですか?」
当たり前のように、少女はそう尋ねた。超人的な力を持っていても、いかなるものをすり抜けることができようと、向かってくる脅威に対して何も感じないということはない。
それならば防げる者が防ぐべきだと、何の疑いもなく考えていることに、少女自身は気づいているのだろうか?
「……うん、怖いね」
少しだけ長い沈黙を置いてから頷いて、チェインはいつかのように両手で結理の頭をぐしゃぐしゃと撫でだした。
「う、わ…!ちょ、チェインさん…!?」
「報告書終わったら、ご飯でも行こうか」
「あ、はい!ぜひ行きたいです!」
ぱっと表情を輝かせて即答する少女に、チェインも柔らかな微笑を返した。
異次元の存在。吸血鬼に連なる者。人類と人外の混血。年齢不詳。経歴不詳。戦闘慣れしている。疑われること、敵視や警戒されることに慣れている。不可視の人狼を難なく感知する。素直に感情を表に出す。
あとは……
得た情報を並べてみて出た結論は、一之瀬結理という少女が敵になることはないだろうという確信だった。
「え?お前ジャパニーズだったのかよ?」
「そうですよ。人外要素の部分も全部日本産なんで、人種的には純日本人です」
「じゃあお前ジャパニーズフードとか作れるわけ?」
「家庭料理ぐらいなら作れます。まあ、煮物とか味噌汁程度ですけど」
「へえ…!ほお…!」
「……材料費全額負担してくれるんなら作ってあげてもいいですよ?」
「何だよ奢ってくれてもいいじゃねえか!先輩に対する敬意ってもんが」
詰め寄ろうとした途中で真横から叩き込まれた両足は、ザップを倒して床を滑らせた。結理はそれを平然と眺めてから、いつものようにテラスから入ってザップに一蹴りを決めたチェインに笑いかける。
「おはようございますチェインさん」
「おはよう結理」
挨拶を返しながら、チェインは結理の頬を撫でるように触れた。先日まであった傷は既になく、痕も残っていない。
「治ったね」
「まあ、掠り傷でしたし」
「でも顔はあんまり怪我しない方がいいよ。女の子なんだし」
「ぁ、はい……気をつけます」
「人の顔踏みつけといて言う台詞か犬女!」
「あんたの顔なんて何十回踏んだって問題ないに決まってるじゃない」
「大ありも大アリだっつの!それとクソガキ!てめえこいつが入って来るタイミング分かってんなら教えろや!!」
「やだなあこんなすごい能力わたしなんかに捉えられるわけないじゃないですか」
「人に頼る暇あったら自分の勘磨いたら?無駄な努力だけど」
「どうせ努力するなら違う方面でした方がいいですね」
「いつの間に仲良しこよしになってんだよてめえら…!!」
不機嫌を前面に出して唸ったザップの言葉に、チェインと結理は虚を突かれたように瞬きをしてから顔を見合わせ、どちらともなしに笑い合った。
日常に至る経緯6 了
2024年8月18日 再掲