日常に至る経緯6
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「『血術』……『爪』!!」
「―――!!」
すれ違い様に放たれた刃爪が男の脇腹を深く抉る。結理は一旦全ての術を解除して相手から距離を取った。放った炎の余韻が通路内を照らして相手の姿を明確にする。苦悶の悲鳴を上げる男の脇腹からは煙が上がっていて、傷口は不気味に蠢いていた。『血術』が……自身に流れる血統の力が与えたダメージの効果を見て、疑念が確信に変わる。
「……この世界じゃはじめまして、かな…?」
「……何の、話だ…!?」
「独り言です。吸血鬼のお兄さん」
鋭い牙をむき出しにし、唸るように尋ねてくる男に結理は笑みを返した。男は荒い呼吸を繰り返しながら、忌々しげに少女を睨む。
「牙刈りか…!」
「そんなとこです」
軽い口調で答えながらも、結理は油断せずに相手を観察する。切り裂いた傷口からはまだ煙が上がっているが、目に見える速度で少しずつ塞がり始めていた。一撃で大きなダメージ、あるいは再生が追いつかない速度で攻撃しなければ相手は倒せないだろう。
考えている内に男が動いた。背中から翼のような刃を三対出すと、逃げ道を塞ぐように回り込ませながら少女を襲う。結理は刃筋を見ながら鋭く一息ついて、前へ駆けだした。
「『血術』……『爪』!」
収束するように殺到する刃の隙間を抜けて、避け切れないものは刃爪で弾き、切り裂く。上から振り下ろされた一撃を更に強く地を蹴ってかわしながら、相手の懐に飛び込む。目の前まで近付いた少女を見て、男が笑みを浮かべた。状況に不釣り合いな表情を怪訝に思うよりも早く、男の胸辺りから棘のように枝分かれした刃が飛び出した。咄嗟にスライディングをするように身を沈めて男の足の間を抜けながら、魔力を練り上げる。
「『氷術』!」
放たれた術は男の足元と地面を凍らせ、結理は氷の地面を滑って男と距離を置きながら地面に手をついて術を放った。
「『血術』……『血の乱舞―レッド・エクセキュート―』!!」
「!!!」
地面と壁の四方から飛び出た赤い棘が、男の体を貫き、串刺しにした。結理は男から目を離さずにポケットを探り、ビー玉大の赤い石を取り出して口に放り込んで噛み砕いた。攻撃がかすめた箇所から血と痛みが滲むのを感じながら、地面に手をついたまま相手を見据える。
「……ぐ……く……!こ、の……ガキがぁ!!」
棘から抜け出そうともがいていた男が、激昂して牙をむくと同時に棘の刺さっていない個所から触手のような鋭い刃を繰り出した。その攻撃は飛び退いて回避した結理に届くことはなかったが、老朽化していた地下道の四方に当たって壁や天井に止めを刺す。
結理は探知感度を吸血鬼に集中させながら、崩れ落ちてくる瓦礫を避けて出口へと駆け出した。衝撃が地下道全体に伝わってしまったのか、横道を出ても壁が崩れ続ける。
「結理!」
「っ!」
チェインの姿を見つけた結理は、このまま出口に向かうのでは間に合わないと判断して、全力で魔力を練り上げた。
「『氷術』!!」
放たれた凍結の術は瞬く間に地下道の壁と天井に広がり、崩落を食い止めた。空気まで一緒に凍りついたような沈黙の中、結理はたった今飛び出した横道を見つめる。
吸血鬼の気配は、いつの間にか捉えられなくなっていた。倒すことができたのか逃げたのかは定かではないが、少なくとも再び戦闘が起こる気配は今の所ない。
「……はー……」
それを確認して、結理はようやく緊張を解くように深くため息をついた。思い出したように疲労が噴き出して息が切れたが、膝から力が抜けそうになるのは堪える。流れる汗が染みて、頬が切れていることに今更気付いた。
「大丈夫…?」
「大丈夫です……でも、敵はどうなったか分かりません。倒せてなかったら、この近くにはもういませんけど……」
チェインに答えた声は、自分でも驚くほど強張って掠れていた。
(あれが……この世界の吸血鬼……)
攻撃を畳みかけ、大技を繰り出してようやく捉えられる相手と対峙していた事実に、心臓が冷えたような感覚がした。