日常に至る経緯3
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ザップ・レンフロさんという人は、思っていたよりも面倒見がいいというか、仕事に対して真面目な人だった。
まあ、半端なくガラ悪いしただ歩き回る任務に早々に飽きてきたみたいで通りすがりの人に難癖つけようとしたりお水っぽいお姉さんに声かけられたり刺されかけたり罵倒されたり(最後はわたしも商売敵だとか勘違いされて巻き込まれた)と、見てるこっちは飽きない行動が多々あるけど、そこの店はうまいとかこっちは頻繁に区画が変わるから迷子になったら帰れないとか、この通りに入ってくと虚に近づくから生存率が危ないとか、行き先表示が赤い乗り物には乗らない方がいいとか、この先は人類向けの店が多いから利用しやすいだろうとか、ぶっきらぼうな口調で結構丁寧に教えてくれた。スティーブンさんに言われた街の案内も、仕事としてやってくれてるっぽい。
そしてその間、路地に意識を向けることも忘れていなかった。刃物持ったお姉さんに突進された時を除いて。
荒っぽいけど仕事はきちんとこなす、ってクラウスさんが話してくれた人となり大体合ってるっぽい。
……ていうことは戦闘も…?
さっきわたしは、クラウスさんに攻撃しようとしたザップさんの蹴りを弾いた。でもそれは、ザップさんがわたしの乱入にすぐに気付いて蹴りの勢いを落としたからできた芸当で、そのままぶつかり合ってたら少なくとも無事に着地はできなかった。
あれだけの殺気を見せながら、瞬時に冷静な判断ができる……そういうのを見せられると、ちょっと血が疼く。吸血鬼のじゃなくてこう……戦闘こそ至高の家系的な意味で…
「……本気で手合わせしてみたいな……」
「あ?何か言ったか?」
「お腹空いてきたって言いました」
「けっ、おこちゃまは腹時計に忠実ってか?」
「ぅ…否定できないです」
結局何だかんだで朝ご飯ちゃんと食べられなかったから、お腹空いてきたのは事実だし。空腹は貧血にも繋がるから、個人的にちょっと死活問題だ。
「まあ……ダラダラ歩き回んのもダルくなってきたし、一旦切り上げっか」
そう言ってザップさんは、この何時間かで何回もやったように、目についた路地に入った。わたしとザップさんがギリギリ横に並んで歩ける程度の広さの路地には、人気が全くなくて薄暗い。お化けでも出そうな雰囲気だけど、きっとお化けの方が楽な相手だろう。
わたしは普通に歩いてるていのまま、探知感度を上げた。
今の所は……何もいない。ここも外れかな…?
「そういえば、若い男女って言ってたけど映像見る限りあれ恋人同士ですよね」
「男と女が二人っきりで路地裏ほっつき歩いてたら間違いねえだろ」
「今更なんですけど、わたし達どう見ても恋人同士には見えませんよねぇ……」
「隣の女がこんなちんちくりんのつるぺただしな」
「ぶん殴りますよ…!?」
「おうやってみろ。手が届くんならうおっ!?」
人が多少は気にしてることを言ってきやがって流石にちょっとムカついたから、『血術』で小さな刃を作って飛ばして葉巻を切り落としてやった。その手の反撃は予想してなかったみたいで、ザップさんは盛大に驚いてくれた。ふふん、いい気味だ。
「てめえ…!」
「無礼には無礼で返しますよーだ」
「言うじゃねえかこのガキ…!」
「いひゃひゃひゃ!いひゃいれふはなひて!!」
「おーおー!ジャパニーズスイーツ大福みてえによく伸びるじゃねえか!」
人のほっぺた楽しそうにつまんでくれるけどマジで痛い!ていうか大福知ってるのか!やり返してやりたいけど届かない!身長差くそう!やっぱり顔治してやるんじゃなかった!!『認める』ことと打ち解けることは違うわ!!
「……っ…!」
蹴飛ばしてやろうかと思って足を上げかけたら、ヤバそうな気配が通りの向こう辺りからすごい速さで近づいて来て、わたしの背後辺りで気配が広がった。見えないけどザップさんが不思議そうな顔で視線を上げたから、多分わたしの後ろの壁に何かがいる。
どうやら敵さんは、わたし達を『素材』として補足したみたいだ。振り返ると壁が真っ黒に染まってて、その一部が盛り上がって飛び出してきた。
一瞬考えて、わたしはあえて捕まることにした。
「『風術』!」
「!?」
突風を起こしてザップさんを横に吹っ飛ばして、わたし自身はその場に留まる。壁から伸びてきた黒い触手みたいなのがわたしにからみついて、壁に引きずり込もうと引っ張った。
「新入り!」
「え゛っ!?」
これで敵の懐に入れる……って思ったら、予想外にザップさんがわたしの腕を掴んだ。けど触手の力は強くて、振り払う暇もザップさんが引っ張り返す暇もなく、わたし達は一緒になって黒い中に引きずり込まれて、濁流にのまれたみたいに流されていく。
入って即行で殺しにかかられたらどうしようかと思ったけど、そんなことはなくわたし達はどっかに落ちた。周囲は暗くてよく見えない。
「ってー……」
「いたたた……って、何で一緒になって引きずり込まれてんですか!?普通あの場はどっちかが追跡班でしょ!何の為に吹っ飛ばしたと思ってんですか!」
「ああん?だったら先に言っとけよ!感知得意とか言っといて間抜けに捕まってんのかと思って助けようとしちまっただろうが!!」
「何その優しさ!?いい人なのか違うのかどっちかにしてくださいよやりづらいわ!!」
場所も忘れて座ったまま言い合ってたら、ぞわっとした気配がわたし達を囲んだ。
「っ!!ざ、ザップさん!何かいます!」
「は…?うげ…!」
最初は気付いてなかったザップさんも、わたしがそう言って背中合わせになるように移動したら気付いて、引きつった声を上げた。
だんだん目が慣れてきて、周囲の様子が見えてきた。わたし達を囲んでるのはうぞうぞ動く黒い……何だろう……一番近い表現するなら溶けた海苔みたいな…?はっきり言えることは見た目が気味悪い。そんでもって、ここはどこかの部屋の中みたいだった。窓はないけど、部屋の四隅にちっちゃい天窓みたいなのがあって、そこからうっすら光が入ってきてる。思ってたよりも広くて天井が高い。
「おお、今日は活きのいいのが捕まったな」
何か嬉しそうな声と何かをずるずる引きずるような音と一緒に、誰かが来た。引きずってた音の正体はその人がかぶってるローブで、フードまでかぶってるからよく見えないけど、人間の造形はしてなさそうなのは何となく分かった。そもそも気配が人類じゃない。
「……あなたですか?ここ最近若い男女を連れ去って改造してる人は」
「改造?一体何の話?」
「とぼけんじゃねえ」
不思議そうに首を傾げるローブの奴に、ザップさんが切りつけるみたいに言い返した。
「この黒いの使って人攫いしてんだろ」
「……うん、そうだね」
ローブの奴はあっさり肯定した。いやいや、何そのちょっとそこの店で買い物してきましたよ的なテンションは……
「この子は燃費の波が酷くてねぇ。一カ月ぐらい前は水だけで平気だったのに、ここ最近は食べても食べても足りないみたいでこっちも調達が大変なんだ。おまけに年頃の男女じゃないと見向きもしてくれない」
「オイ、オイ!」
普通に話すローブの奴に声をかけながら、ザップさんは向こうに見えない位置でわたしの手を指で叩いた。そっと手の方を見ると、ある方向を指さした。
「何ちょっとそこで買い物してきましたみたいなテンションで語ってんだ。クライスラー・ガラドナ合意で食人は禁止されてんだろうが!」
「それなんだよねえ……ダメって言われてるけどさあ、うちの子みたいに主食が人類なのもいるんだよ。まあ、実験で偶然生まれちゃった子なんだけど、そのまま処分するのも何か気が引けちゃってねぇ……」
わたしは話を聞きながら、指さした方を見る。黒いのがちょっとずつだけど、わたしの前とザップさんの前に集まってきてた。そして逆に、横は少しずつ円が切れてきてる。
成程、この海苔もどき達にも許容量みたいなのがあるのか。よく見るとわたしの前よりザップさんの前に集まってる方が多い。多分、その内飛びかかってきてわたし達はおいしくいただかれるんだろう。そんなことさせるか。
「あのー、一つ聞いていいですか?」
「何だい?」
「改造の件、本当に心当たりないんですか?例えば、捕まえた人が食べられた時に突然変異起こすとか、そうゆうのないんですか?」
「えー?うーん……」
わたしの質問に、ローブの奴は考えるように骨みたいな腕(というか触手?)を組んで首を傾げた。その間にわたしは、こっそりザップさんに話しかける。
「飛びかかってきたらそっちから見て右に飛びます」
「おう」
短く返事をして、ザップさんはポケットからちょっと変わったデザインのジッポを出した。武器っぽくはないから、多分技のトリガー的なものなんだろう。
「あー……もしかして『食い残し』かな?」
「食い残し?」
「うん。うちの子さ、獲物を中から食べるんだけど、たまに外っ側残しちゃうんだよね。それが自分でどっか行っちゃうことあるから、それのことかなあ…?」
「……てゆうか、さっきから何でもないように話してますけど、とんでもないことしでかしてる自覚ありますか?」
「えー?」
わたしが聞くと、ローブの奴はへらへら笑う。って言っても顔は見えないからそういう態度をしてるって意味合いだけど。
「だってさー、協定とか人類側が勝手に決めたルールじゃん?僕等が守る理由ってある?」
「そっち側ともちゃんと協議したはずですよ。守ってる同族さんもいるでしょ?」
「守りたい奴は好きにすりゃいいよ。僕は知らない」
「……あーそうですか。意見の個人差を認めるタイプですか」
何か…こいつの言い方とか態度とかちょっとイラっとしてきた。ザップさんも同じこと思ったみたいで、小さく舌打ちしたのが聞こえた。
「じゃあここでわたし達があんたをとっ捕まえても、文句ありませんよね?」
「やれるもんならね」
ローブの奴が即答した瞬間、海苔もどきがぶわっと大きくなったみたいに飛びかかってきた。わたしとザップさんは同時に動いて初撃を避ける。標的を見失った海苔もどきは、ぶつかって飛び散りながら地面に落ちた。
避けながらわたしは爪で手の平を切って、ザップさんはジッポを握り締める。