日常に至る経緯3
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霧に覆われた都市、ヘルサレムズ・ロット。元・ニューヨーク。
異界と現世が交わる不思議で剣呑な街に、そんな都市が現れて緊張状態が続いている世界にやってきたわたし、一之瀬結理は、いきなり騒動に巻き込まれて、なんとか解決して、その解決の手助けをしてくれた人、クラウスさんに勧誘されて、世界の均衡を保つ為の秘密結社、『ライブラ』の一員になった。
目まぐるしい初日とぶっ倒れて寝こけてた丸一日を挟んで、起きた次の日には退院して諸々の手続きをして、あとは生活用品を買ったり色々したり何やかんやして、今日は記念すべき初出勤の日。
……って言っても、まだ住む所も見つからなくて、ライブラの事務所の使ってない部屋で寝泊まりさせてもらってるから、出勤も何もないんだけど……
身支度を終えて黒のサマーコートを羽織って部屋を出ると、廊下で包帯ぐるぐる巻きの男の人と鉢合わせた。クラウスさんの執事さんのギルベルトさんだ。
「あ、おはようございますギルベルトさん」
「おはようございます結理さん。昨夜はよく眠れましたかな?」
「はい!おかげで怪我もすっかり完治しました」
昨夜寝る前まで傷があった胸を叩いて答えると、ギルベルトさんは「それはよかったです。」って言って笑った。ギルベルトさんは何て言うか……本人に言ったら大変失礼なんだけどおじいちゃんみたいで、話してると安心する。
「そういえば朝食はまだでしょう?簡単なものならお作りできますがいかがですか?」
「え、いいんですか!?じゃあ……」
ギルベルトさんと話しながら事務所に入ろうとしてドアを開ける。
「っ!」
その瞬間に感じた殺気に、ライブラの事務所内とか、相手が誰だとか関係なしに、わたしは反射的に動いていた。
「往生せいやあああああ旦那アァァァァァ!!!」
何かの叫び声みたいなのを聞きながら殺気の出所に向かって跳んで、蹴りを放つ。手加減なしで放った蹴りは相手の蹴りを弾いた。割って入ってきてびっくりしたらしい相手を見ながら、わたしは反動で後ろに飛ばされたけど体勢を立て直して机の上に着地した。
…………え、机の……上……?
見ると足の下に書類があって、わたしの足形が綺麗についてた。
そして持ち主のクラウスさんは……ちょうど植物に水をあげる所だったみたいで、じょうろを持って後ろに立っていた。その隣には、マグカップを持ったスティーブンさんもいる。
「朝から賑やかだね、お嬢さん」
「っああああああああ!ごごごごごめんなさい!わざとじゃないんです!殺気がしたから反射的につい動いちゃって……と、とにかくごめんなさい!書類が酷い目にぃぃ…!!」
「書類はまた書き直せば問題ないが、怪我はないかね?」
「はい大丈夫です!頑丈なのが取り柄なんで!それと今日からよろしくお願いします!!」
「おうおうおう!!何勝手に乱入してきてやがんだクソガキ!!」
慌てて机の上から下りて謝ってると、もんのすごいガラの悪そうな声と台詞で誰かが詰め寄ってきた。上から下まで白い……頭は銀髪だけど印象的には白くて、その白に映える褐色の肌のすらっとしたお兄さんだ。黙って普通にしてたらきっとすごいかっこいいんだろうけど、今はチンピラみたいな凶悪な顔をしてるから色々台無しになってる。
「あんたこそ何なんですか!?いきなり殺気満々で飛びかかってきて!」
「人の日課邪魔してくれてんじゃねえよ!」
「日課あ?!クラウスさん……この人何なんですか!?」
「彼が昨日言っていたザップ・レンフロだ」
「………………え?」
クラウスさんから出てきた名前に、わたしは何秒か言葉を忘れた。相変わらずガン飛ばしてくるお兄さんを上から下まで何往復か眺めて、もう一回クラウスさんの方を向く。スティーブンさんはいつの間にかソファの方に移動して、コーヒー片手に書類を読んでる。
「この人が……ザップ・レンフロ、さん…?」
「うむ」
昨日クラウスさんが、この事務所によく出入りする人を何人か教えてくれた。その中でわたしがまだ会ったことのなかった人の一人が、ザップ・レンフロさんだった。
クラウスさん達と同じ吸血鬼に立ち向かう『牙狩り』の一人で、斗流血法という炎をまとった血法の使い手で、戦闘に関しては天才って言っても過言じゃない。少し荒っぽい所はあるけど仕事はきっちりこなす人。年もライブラ内では近い方だし分け隔てなく人に接するタイプだから、きっとすぐに打ち解けるだろうって言ってくれて、その時に聞いた見た目とも一致してる、けど……
「……思ってたのと違う!!!」
「ああん!?」
思わず思い切り声に出して言ったら、ザップさんに(当たり前だけど)思い切りすごまれた。
だって……天才なんて言うからもっとストイックで物静かな人かと思ってたら、想像以上というか予想外にガラが悪い。分け隔てなくってそうゆう意味か!それ以前にライブラの一員なら何で殺気満々でクラウスさんに殴りかかろうとしてたんだ!?
「つかお前こそ何なんだよ?ここは託児所じゃねえぞ!」
「彼女は新人の一之瀬結理君だ」
「新人?ああ、昨日言ってた化け物のごった煮みてえな奴か」
おお、化け物のごった煮って的確だな……って思ってたら、ザップさんはびっくりした顔でわたしを指さした。
「……って、このちんちくりんがか!?」
「誰がちんちくりんだ!ナチュラルに失礼ですねあんた!」
「彼女は容姿こそ君よりずっと若いが、実力は保証できる。見た目で判断するものではない」
「……まあ、確かにこの街で見てくれも何もねえけどよ……」
「てゆうか、ライブラの人なのに何で殺気満々で飛び込んできたんですか?」
「クラウスを倒したいそうだよ」
「……え、馬鹿?」
「オイコラガキ」
スティーブンさんから来た回答に色々突っ込みどころがあったけど、とりあえず正直な感想を漏らしたらザップさんがまた突っかかってきた。けどわたしとの距離を詰める前に飛んできた足に顔面を踏まれて、床を滑った。うわ痛い。見た目が痛い…!
「何初日の新人に難癖つけてるのよクソモンキー。今日も絶好調で馬鹿なの?」
何でもないようにそう言ってから、ザップさんを踏みつけた張本人はわたしの方を向いた。
チェイン・皇さん。一番最初の騒動で出会って、それから手続きの時に改めてお互い自己紹介を済ませて、買い物にまで付き合ってくれた素敵なお姉さんだ。
「おはようございますチェインさん!この前はお買い物に付き合ってくれてありがとうございました。今日からよろしくお願いします」
「おはよう結理。気にしなくていいよ。私も買い物したかったし。それにしても、初日から変なのと遭遇しちゃったね」
「はい。びっくりしました」
「い・つ・ま・で乗ってんだ雌犬!!」
わたしとチェインさんが話してると、踏まれたままだったザップさんが勢いよく立ち上がった。色んな意味で痛そうな顔してるけど思ってたよりピンピンしてる。この辺りはさすが……なのかな?チェインさんもチェインさんで、さっさとクラウスさんとスティーブンさんに向き直ってるから、これは多分日常的にやってる挨拶みたいなもんなんだろう。二人ともノーリアクションだし。ザップさんの顔が痛いことになってるけど……
「例の事件の映像を入手できました」
そう言ってチェインさんは、持ってたディスクをデッキに入れた。わたしと、しかめっ面のままチェインさんをにらんでたザップさんも、自然と下りてきたテレビ画面の方を見る。