異界都市日記12
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途中で合流したスティーブンは、それはそれは穏やかな笑顔で結理を迎えた。その笑顔の奥から発せられている絶対零度の空気に、先程とは違う種類の恐怖で冷や汗を流しつつ、結理は電話でも報告した状況と自分の推察を改めて話す。
ついでに、多分間に合わないであろうことも。
そして予想通りに、現場に着く頃には既に終わった後のようだった。写真越しではあるが見覚えのある建物からは煙が上がっていて、ガラス窓は概ね破壊されている。外壁がほぼ無傷なのが奇跡なぐらいだろう。
まず間違いなく、あのビルの中は壊滅状態になっている。
「……君をつい許しちゃうのは、あいつがそれ以上のことするからなんだよなあきっと……」
心底疲れ切ったため息をついてから、スティーブンは窓を開けて見つけた姿に呼びかけた。
「こっちだクラウス」
慌てて車に駆け寄ってきたクラウスはそこかしこを赤で染めていた。本人の血もあるだろうが、多分大半は返り血だろう。
「――全く、やりすぎだよ」
そう言ったスティーブンの声は穏やかだったが、温度は限りなく低い。
「可哀相に。九頭見会もさぞやビックリした事だろう。事実上解散だね、あれじゃ」
「……手間が省けぐふっ!」
「お嬢さーん、君が喋ることは許可してないよ」
「スミマセンデシタ…!!」
「……奴らは」
外を向いたまま結理の顔を鷲掴みにして黙らせたスティーブンに、クラウスが背中を丸めて汗をかきながらも言葉を返した。
「彼女を……大切な花を……踏みにじったのだ」
(やっぱり……)
クラウスの言い分に、結理は胸中でこっそりと苦笑を漏らし、スティーブンは数瞬黙ってから息をつく。
「違うよ。単独で突っ込むなんてさすがの君でも無茶だって話。次からは呼んでくれ」
「……う…ああ…済まない」
見舞いという形で病院を訪れたのは久しぶりだった。レオはここ最近奇跡的に入院レベルの負傷はしていないし、ザップが修羅場の末に刺されてもわざわざ見舞いには行かない(別の用事があればついでに嘲笑いに行くが)。
院内はいつものように少しだけ騒がしく、その喧騒を抜けた結理はとある病室に向かった。
病室は大部屋だったが静かで、開いた窓からはそよ風が吹いている。その中の一人に静かに歩み寄る。
「……メイヴィちゃん」
できるだけ優しく、柔らかく呼びかけると、メイヴィは結理を見て驚いたように、怪訝そうに目を丸くした。顔の半分を包帯とガーゼで覆われている痛々しい姿の小女に微笑みかけ、結理は手近にあった椅子を引き寄せて座った。
「元気……ではない、よね……」
「……」
「キリシマさんが来られなくてごめんって言ってたよ。キリシマさん、今すごく忙しいんだって。でも、それが終わったら絶対に迎えに行くから、待っててくれって言ってた」
「……」
「それとクラウスさんがね、怖い思いをさせてすまなかったって」
「…!」
「自分で言いに来ればいいのにさ、怖がらせちゃったからってずっと気にしてるの……っ?」
笑み交じりに出来るだけ明るい声でそう言うと、メイヴィが結理のコートの袖をそっとつかんだ。驚きながらも「どうしたの?」と聞くと、幼い小女は首を横に振る。
袖を掴む手は小さく震えている。けれどうつむき気味の顔には、今まで見たことのない表情が浮かんでいた。
「……クラウスさんに、メイヴィちゃんが会いたがってるって、言っていい?」
問いかけに、メイヴィは数瞬間を置いてからこっくりと頷いた。結理は気が抜けたように破顔して、包帯に覆われた顔に触れる。慎重にほんの少しだけ治癒の術をかけて、慈しむように頭を撫でると、メイヴィは結理の方を向いた。目があった結理はメイヴィに微笑みかける。
「……キリシマさんも、クラウスさんも、園芸サークルの人達も、みんなメイヴィちゃんのこと心配してたよ。退院したら、また一緒にお花育てようね?」
「……」
その時メイヴィが見せた表情を見た結理は、泣きそうに見える程綻んだ笑みをこぼした。
異界都市日記12 了
2024年8月17日 再掲