異界都市日記12
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「……ぅ……っ……」
どれぐらい時間が経ったは分からない。浮上した意識はまだぼんやりとしていた。気を抜けばまた落ちてしまいそうな意識をどうにか持ち上げるように、結理は目を開けた。倉庫らしき部屋には天窓がついていて、そこから見える外は薄明るくなっている。起き上がろうとしたが、手足を縛られていて上手く動けない事に気付いた。
(……あーもーこれスティーブンさんに叱られるの確定だ……)
猿轡をされたままため息をついて、がっくりとうな垂れる。報告も相談もなく独断専行をした上に、何の収穫もなく間抜けに捕まってしまった失態は大きい。例えキリシマが何かを隠し持っていたとしても、とっくに運び出されてしまっているだろう。むしろこの空の棚しかない部屋に何かがあった可能性が高い。
(……止められなかった)
メイヴィの名前を出した時、キリシマは確かに動揺した。それは彼もあの小女を荒事から遠ざけたい、害を及ばせたくないと考えているからだという確信に繋がった。だが、それをダシにするという卑怯と言ってもいい手段を用いて尚、彼を止めることはできなかった。それだけではなく、もう既に事が動いているかもしれない。
迷いを残しながらも、彼は引き返すという選択はしなかった。
結局結理がしたことは、ただ場を引っ掻き回しただけだ。その事実には苦い思いを抱くことしかできないが、今は後悔も反省も後回しだ。ひとまず脱出しなければともう一度息をついてから、結理は目線だけで周囲を見回して、室内にいるのが自分だけであることを確認してから爪で指の腹を切った。流れ出た血で小さな刃を作って滑らせると、縄はあっさり切れる。
手錠でなかったのが幸いだったと思いつつ猿轡を外して足の縄も切りながら、ひとまず外に見張りがいないか探知感度を広げかけ、
「わ…っ!?」
聞こえてきた轟音と感じ取った凄まじい気配に思わず身じろいだ。血界の眷属と対峙した時に似た、重たいプレッシャーが壁越しでも伝わってくる。結理はグローブをはめ、慎重に倉庫を出た。その先もまた部屋で、どこか生活感がある。どうやら植物園の中にあったキリシマの部屋らしいが、出入り口の扉が何かの衝撃を受けたようにひしゃげて歪んでいた。
「――っ!!」
結理は扉の隙間から外を覗こうとして、景色を視界に完全に収めるよりも早く飛び退いていた。隠れるように壁に背をつけ、出かけた悲鳴を飲み込み気配と息を殺す。
それは一番近い表現をするなら、本能的な回避行動だった。押し潰されるような圧倒的で暴力的な気配に叩きつけられ、早鐘のような動悸とどっと冷や汗が流れたのを感じた。今外に出れば成す術もなく殺されると体中が警告している。
(何……一体……何が……?)
壁に背をつけたまま隙間から外を見た結理は、そこに見知った背中を見つけた気がした。
(……クラウスさん…?)
認識して、気付いた。自分を震え上がらせている気配の持ち主が、彼であることに。
だとすれば、自分が出て行っても問題はないはずだ。むしろここにいる理由を問い質されて、心配されてしまうかもしれない。
だが結理は、その場から動くことが出来なかった。震える足は一歩も踏み出そうとしない。
クラウスを、初めて心の底から怖いと感じていた。
「……はー……」
どれぐらいそうしていたか分からない。気がつくと気配は消え、外は静かになっていた。結理はずるずるとその場にへたりこみ、大きくため息をついた。まだ動悸も冷や汗も収まっていないが、思考は冷静に回転を始めた。
(クラウスさんがガチギレしてた……ってことは、何かがあった…?)
まだ若干震えている膝を叱咤して立ち上がり、ひしゃげた扉を切り裂いて外に出ると、そこには凄惨な景色が広がっていた。辛うじてサイボーグの人間であることが分かる『部品』があちこちに転がっていて、生きているかどうかなど確認するのも馬鹿ばかしい。
そしてその部品達のすぐ側に、割れた鉢が落ちていた。中の土はこぼれ出て、苗は無慈悲に踏み潰されている。
「……あー成程……これはクラウスさん怒るわ……」
見覚えのある鉢植えの末路を見て状況を察した結理は、色々な気持ちを霧散させる為に短く息をついた。それからすぐさま携帯を取り出して、電話をかける。
「……結理です。朝早くからすいません。大至急、報告したいことがあります」