異界都市日記12
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黒のコートは小柄な姿を闇に紛れさせてくれた。夜のHLを、コートのフードを深くかぶった結理はある場所に向かって駆けていた。顔には複雑そうな表情が浮かんでいるが、走る速度は一定で緩まることはない。
目的地へ向かっているものの、どうするかは決めかねていた。得た情報を自分なりにまとめた結果がまだ推測の域でしかないというのもあるが、それ以外の理由もある。その理由から、荒事はできれば避けたかった。
(まずは、少しでも手がかりを探す)
心の温度を下げるようにゆっくりと息を吐いて、結理は目的地である植物園の扉を静かに開けた。音を立てずに滑り込むように中に入り、探知感度を上げる。
(例えば……純粋に肉体強化とか、『纏う』系のものだったら、待機状態でも力が溜めこまれてるはず。ドラッグだったら探しようがないけど……そうでなかったら)
「……っ……」
考えながら探知を続けると、それらしい気配を捉えた。それも一つ二つではなく大量に。当たって欲しくなかった予感に思わず顔をしかめるが、同時に次にどうするべきかを考える。まだ証拠も、確証もない。ここには異界産の植物も大量にある。何の害もない、ただ少し強い気配のするだけの植物である可能性も十分にあり得る。リストに載っていた『彼』は、ただの副業として植物園を管理してるに過ぎない。そう思いたかった。
(少なくともここは無関係であって欲しいんだけど……)
「……誰かいるのか?」
「……」
ため息をつきかけた所で訝しむ声が届いた。結理は気配を消しながら慎重に下がる。
だが、側にあった葉がほんの僅かに触れた瞬間、そこから反響するように周囲の植物が一斉に葉を揺らしだした。
「っ!しまっ……」
「誰だ!!」
逃げる間も身を隠す間もなく、鋭い声と共にライトに照らされた。少女の姿を捉えた相手は驚きに止まる。
「……結理ちゃん?」
「こ、こんばんわ……キリシマさん……」
訝しげに名前を呼ぶキリシマに、結理は引きつった笑みを浮かべながらも挨拶を返しながら木の陰から出た。少女の挙動に警戒するように下がりながら、キリシマは顔をしかめる。
「……こんな時間に何をしとるんだ?」
「た、たまたま通りかかったんです。で、夜の植物園が見てみたくて……勝手に入っちゃってごめんなさい!もう帰りますから!」
「ちょっと待った」
「……何ですか?」
何でもないように振る舞いながらも、張りつめたように緊張した空気を結理は感じていた。言葉選びを失敗すれば緊張は一気に爆発する。きっとキリシマも、同じ空気を感じ取っているだろう。少女を見据える目にはいつもの穏やかな雰囲気とは違う、剣呑な気配が見え隠れしていた。
「……ここへ何しに来た?」
「……今言ったじゃないですか」
「ただ植物園を見たかったと言うには無理がある」
「そう……ですか?自分で言うのもあれだけど、子供っぽい普通の理由だと思いますけど……」
「こんな夜中に普通の子供がHL(この街)をうろついとるのが不自然だと言っとるんだ」
「……」
「あんたはただの子供じゃない。そうだな?」
(やっぱ腐ってもヤクザか……)
口先だけの誤魔化しは効かないことが嫌でも分かった。結理は諦めたようにため息をついて、好奇心に負けた不法侵入がばれて焦る少女の表情を消した。その変化を見たキリシマの顔は険しくなる。
「その可愛い見てくれも騙す為のもんか……」
「残念なことにただの自前です。それに、少なくともこの前園芸サークルに呼んでいただいた時には、こんなことになるなんて思ってませんでした」
「誰の差し金でここへ来た?」
「……ここへ来たのはわたしの独断です。所属は言えませんけど、あなたが……あなたの属してる滑塵組が隠し持ってる『力』の正体を暴きたくて、忍びこみました」
「ここにあるのは見ての通り植物だけだ。」
「その植物に、何かあるんじゃないですか?」
「だとしたらどうする?腕ずくで押し入るか?」
「そんなことはしません」
更に表情を厳しくするキリシマに、結理は即答した。
「下手に暴れて、メイヴィちゃんを巻き込みたくないです」
「!?」
「……キリシマさんだってそうでしょう?」
「……」
問いかけにキリシマは答えない。だが今まで浮かんでいた険しい表情に、目に、動揺がよぎったのを結理は見逃さなかった。
「あの子はただの……HL(世界)の理不尽に巻き込まれて傷つけられて、新しい『家族』の所でようやく立ち直ろうとしてる子です。わたし達の勝手で危険にさらすなんてこと……絶対にあったらいけません」
それは偽りのない本心だった。
庭師の側を離れない小女は親を亡くしている。それが彼女の心に深い傷を与えたのは、そしてその傷がキリシマや彼を先生と呼ぶ者達と共に緑に触れ合うことで少しずつ癒えてきているのは、彼等と関わって日の浅い結理でも分かった。
家族を理不尽に喪う悲しみと苦しみは、痛い程共感することが出来る。それを癒そうとしてくれる存在のありがたみも……
だからこそ、彼女に害が及ぶ前に事態を収めたい。
「キリシマさん……こんな言い方は卑怯だけど、メイヴィちゃんをこれ以上危険にさらさない為にも…あの子の顔をあれ以上陰らせない為にも教えてください。あなたの組が隠し持ってる、緑の目の化物の正体を……っ!?」
迷いながら言葉を紡ごうとしていた為か、反応が遅れた。咄嗟に戦闘態勢をとるよりも早く、結理のすぐ側にあった植物が大きな口を開くように花を咲かせ、煙のように花粉を吐き出した。
「ぅ……ごほっ…!」
口を覆うが間に合わずに花粉を吸い込んでしまい、目の前がくらんだ。抗うこともできずに体中から力が抜けていき、意識が暗転していく中、揺らぐ視界にキリシマの姿が入った。
小屋に駆け込み、ガラス越しに少女を見る顔に浮かぶ表情を見て、思わず苦笑が漏れる。
「……そんな顔、すんなら……留まり、ましょう……よ……」
願うような言葉が届いたかは、完全に意識が沈んだ結理には分からなかった。