異界都市日記12
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「それにしても、ほんとびっくりしましたよ。クラウスさんの言ってた園芸サークルって、キリシマさんの所だったんですね?」
「私も驚いた。まさか君がミスター・キリシマと顔見知りだったとは……」
そんな出来事があった少し後、結理はライブラ事務所の一角にある温室でクラウスと一緒に植物に水をやりながら、その時の話題を口にしていた。
「彼とは以前からの知り合いだったのかね?」
「一カ月ぐらい前に迷子になってたメイヴィちゃんに声かけたのがきっかけです。日本人同士だからって話してる内に庭師やってるって話聞いて、わたしもちょっと園芸かじってるって話したらちょくちょく会うようになって、そしたらサークルの人に会ってみたいって言われたらしくて招待してくれたんです」
「そうだったのか」
「でも人の縁って面白いですよね。まさかこんな風に繋がるなんて、思ってもみませんでした」
そう言って苦笑を漏らしてからふと、結理は表情を陰らせた。クラウスの方に視線を向けずに、水やりを続けながらぽつりと呟く。
「……メイヴィちゃん、事故で親を亡くしたらしいですね」
「……」
「そうゆう子ってついほっとけなくて……少しだけなら、わたしも分かるから……」
如雨露の水はなくなり、水滴がいくつか落ちる。それを結理は、何ともなしに見つめながら続けた。
「大好きだった家族をいきなり喪うって……自分のどこかが切り落とされたみたいに痛くて、まるで大きな穴をあけられたようになるんです。きっとあんなに小さな子だったら尚更……」
「……だがそれでも、ミス・メイヴィの隣にはミスター・キリシマがいてくれている」
「……そうですね。キリシマさんなら、メイヴィちゃんの『痛み』を癒してあげられると思います。全部は無理でも、いつか楽しく植物の話ができるくらいには……そうであって欲しいって気持ちも、少しありますけど……」
ふわりと笑いながら呟いた結理の頭を、クラウスがそっと撫でた。少女は驚いたように目を丸くするが、すぐにくすぐったそうに、照れくさそうに笑みをこぼした。
「クラウス、お嬢さん、ミーティング始めるぞ」
「はーい!」
本日のミーティングの議題は、HLにまで出張ってきている日本のヤクザの抗争内容についてだった。
「5か月前のキャバレーでの小競り合い以来―九頭見会と滑塵組の緊張は高まるばかりだ」
「HL(こんなところ)まで来て日本のヤクザが何をやってるんすか」
「組織犯罪集団同士の勢力抗争なんてNFLの試合数より多いんですよ。僕等の仕事とは思えないですね」
「まあ聞け」
「…すいません」
「お嬢さん、」
「はい」
スティーブンに指示され、結理は用意されていた画像をプロジェクターに写す準備を始めた。軽く目を通しただけなので詳細は結理も分かっていないが、ライブラが関わるに十分な理由のある内容であることだけは把握している。
「巨大組織九頭見会が何故滑塵組如きに手をこまねいているか、弱小組織滑塵組が何故こうも強気に出られるか。その答えはどこにあると思う?」
そうして写しだされた画像は酷く不鮮明だったが、そこにいる『何か』が日常的なものでない事だけは確かだった。
「―何すかこれ」
「現場に残された携帯からサルベージした画像だ」
次いで写された画像は、レオが思わず顔を青ざめさせて「うげ」と呻く程度には直視に堪えないものだった。
「撮影者のチンピラは胸から上がごっそり消失。まあ多分壁の染みのどれかなんだが」
「えげつないパワーですねぇ……異界存在的な奴ですか?」
「それをこれから調べるんだ」
人間を苦も無く抉り取ることのできる、正しく怪物と呼んでいい緑の目を持つ存在。サイボーグ極道や重武装任侠ですら手に負えない力を用いて、その時は9人を瞬殺した。
それは人界では存在することすらあり得ない、圧倒的な暴力だ。
「こいつの正体を何としても探らにゃならん。もし「外」に流出できる類のものなら、世界の戦争の形が変わってしまうからな――」
「……っ……」
話を聞きながら何ともなしに資料を眺めていた結理は、ふとあるページで手を止めた。それは渦中の暴力団のメンバーのリストで、その中に見たことのある顔を見つけた。見間違いかと逃避するような気持ちで何度も確認するが、写真の人物も名前も確かにそこにあると確定させるだけに終わった。
「……」
「結理、過去の異形変身系のドラッグの資料をまとめといてくれるか?」
「……っ……はい」
資料を置いて指示された仕事に向かう直前、結理は誰にも気付かれないようにこっそりと、クラウスを一瞥した。
人の縁というものは、思わぬ所で繋がっている。
それはこの、異界と人界が交わり日夜世界滅亡の危機にさらされているヘルサレムズ・ロットでも同じで、一之瀬結理はそれを嫌になる程実感していた。
「これも縁……か……」