異界都市日記2
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
公園の広場には、小さな人だかりができていた。
人だかりの中心にいるのは一人の少女で、彼女の前には板を組み合わせて乗せただけの簡単な台が置いてあり、その上には大玉のスイカが乗っている。
周囲が固唾をのんで見守る中、少女は指抜きのグローブをはめた右手とはめていない左手を胸の高さまで上げると、柏手を打った。
「血術……村正」
呟きながら左手を滑らせるように右掌にあて、何かを引き抜くように動かすと掌が鞘であるかのように赤い刀が伸びた。観客がおおとどよめくのを聞きながら刀を構えて一息ついて、スイカを見据える。
すると、台の上に置いてあったスイカがひとりでにふわりと浮かび上がった。
観客が息を呑むのを視界の端に入れながら、少女は赤い刀を振るう。観客からは軽く二、三度振ったようにしか見えなかったが、少女が刀を消した直後、スイカは静かに縦に八つ、横に二つの計十六等分に割れた。空中で割れたスイカは、浮かび上がった時と同様に重力を感じさせず、羽のように緩やかに台の上に降りる。
少女が一礼すると、観客から割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こり、台の更に前に置いてある箱に次々と小銭や紙幣が投げ込まれた。
「いやー……たいりょー!」
営業を終えて公園を出た結理は、上機嫌に愛車のベスパを走らせていた。自身の能力や技術の研鑚も兼ねている大道芸は彼女の副業だ。今日は平日だったのであまり多くは望まなかったが、予想以上の収入があり自然と表情が緩む。
(とりあえず牛乳買って、夕飯はちょっと贅沢しちゃおっかなあ…?)
うきうきとした気分で考えていると、ポケットの携帯が震えた。道の端にベスパを止めて取り出すと、ディスプレイに上司の名が浮かんでいる。
「え、クラウスさん…?もしもし結理です」
『結理、緊急事態だ。レオナルド君が攫われた』
「……は!?」
何事だろかと思いながら出た電話から告げられた内容に、結理は顔色を変えた。今あった気分を全て吹き飛ばす、言葉通りの緊急事態だ。
「レオ君が!?」
『ギルダアヴェニューにて『何か』を目撃し、その時にかかっていた幻術を見破った為に連れ去られたらしい。チェインの目すら欺く高度な幻術使いだ。追えるかね?』
「やってみます!」
返事をした時には結理は意識を集中させていた。全体を辿るように意識を広げ、目的の人物の気配を追う。
「……かなり途切れ途切れですけど、境界方面に……あ、ダメだ、すいません!追跡に専念させてください!」
『頼む』
電話を切り、結理は目を閉じて大きく深く呼吸をすると意識を沈めるように集中した。水の底に深く深く沈み、その中から小さな光を探すイメージを描く。砂利の中に埋もれた原石を探す様に、わずかに感じ取れる存在を手繰り寄せ、細かな位置を探る。
「……見つけた…!」
捕捉した気配を逃すまいと集中したまま、結理はベスパを再び走らせた。不可視の人狼の目を欺き、探知を得意とする自分をここまで集中させてようやく尻尾の先端が掴める相手の幻術は高度を通り越して異常だ。それを悪用目的で使っているのなら、世界にとってとんでもない相手となる。
ライブラの構成員としても放置できない脅威だが、結理自身としてもその目的の為に手段を選ばない相手を、何より入ったばかりとはいえ仲間をさらう行為を断固として許すことはできなかった。
(レオ君…!)
焦る気持ちを押し殺しながら、結理はアクセルを全開まで回した。