異界都市日記11
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「……あまり無茶はしないでください」
「……言う程無茶はしてないんだけどな……」
「こんな状態でよく言えますね…!?」
「だって事務所までは歩けたもん。今は可愛い後輩の厚意に甘えてるだけ」
小さく体を震わせて、結理は力なく笑う。まだ付き合いが長いとは言えないが、それでもその言葉が強がりだというのはツェッドにも分かった。こちらに余計な気を使わせない為もあるかもしれない。
そう考えていたのを少なからず察したのか、少女は笑うのを止めた。
「……今は……この世界に来てからは本当に楽にやらせてもらってるよ。HL(ここ)に来る前はもっと無茶してたから」
「そういえば、さっきの話を中断したきりでしたね」
「……それ覚えててよくわたしのことおんぶしてるね……」
「血界の眷属とは違うと言っていたでしょう?それに、ライブラの構成員として在籍しているのなら敵である訳がありませんし」
「……そっか……」
「それ以前に、敵ならばスティーブンさんが書類処理を任せたりしません」
「そっちか…!」
思わずといった風に突っ込みを呻いて、結理は気を取り直すように息をついてから続ける。
「……わたしね、異界とも違う別の次元から来たの。その世界の吸血鬼や人外と人間の混血だから、血界の眷属とは違うってこと」
「別の次元……」
「ヘルサレムズ・ロットの存在しない世界の住人ってゆうのが、一番分かりやすいかな?」
「……所謂、パラレルワールドと呼ばれてる世界ですか」
「そんなとこ。だから血界の眷属には結構びっくりしたよ。あんな理不尽で訳分かんない吸血鬼見たのほとんど初めてだったし」
「結理さんのいた世界では、吸血鬼は人類と共存していたんですか?」
「表立ってじゃないけどね。ある意味HLでの人類と異界人との接し方と一緒かな?知ってる人は出会い頭で襲ってこない限りは普通に接するし、悪いことすれば人間も人外も関係なく止める。彼等は人間とは別の種族ってだけだから。でも話の通じない化物って考えてる人もいたと思う。今考えると、わたしの周りは外から見れば異常だったんじゃないかな?人間も、人外も、吸血鬼も、当たり前みたいに共存してたから。まあ、そうじゃなきゃわたしは……わたしの一族自体生まれなかったけど」
「……故郷には帰らないのですか?」
「もうないの。家族も一緒に、世界ごと滅んじゃったから……」
「……っ……すみません」
「気にしないで。もう昔の話だし」
触れてはいけない話題に触れてしまったことを謝ると、結理は苦笑交じりに即答した。
「……それにね、故郷のことはあんまり覚えてないの。どんな所だったのか、どうやって滅んだのか、どうしてわたしだけが生き残ったのか……覚えてるのは家族とその周辺ぐらい……」
少女が今どんな表情をしているかは見えない。声は穏やかだが、ツェッドにはそれ以外の感情が見え隠れしているように思えた。
「故郷が滅んで、わたしだけが生き残って、色んな次元を巡ることになって、そんな旅しててたまたま辿り着いたのがヘルサレムズ・ロットだった。で、着くなり堕落王に目ぇつけられて騒動に巻き込まれちゃってねぇ……そんな時にクラウスさん達に助けてもらって、ライブラに勧誘されたの。吸血鬼の血が入ってるってことで最初は多少疑われたけど、それなりにやってく内にいつの間にか……帰る場所になってた。故郷以外にそんな場所、絶対できないって思ってたのに……」
「……」
「まあ、いつぶっ壊れて消えてなくなるか分かんない場所だけどね」
「自分で台無しなオチをつけましたね」
「だってHL(ここ)ってそうゆうとこじゃん。めちゃくちゃで何が起こっても不思議じゃない、びっくり箱みたいな世界。何かを失くしても落っことしても、悲しむ暇もないよ」
くっくと笑う少女の声に、先程見え隠れしていた感情は見つからなかった。
何となく、ツェッドは自分の中にあった結理に対する疑問が、少しだけ解消されたような気がした。
(全部なのか……)
この街と同じだ。賑やかで平穏で剣呑で物騒で、それら全てで構成されている。
だからきっと、その時その時に思った印象で、正解なのだろう。
一之瀬結理は戦場を求めるように敵に立ち向かって自身を削るように力を振るう無鉄砲な戦士で、他者を気遣える優しさを持つ普通の女の子で、故郷を失くして一人で生きてきたことを淡々と笑いながら語ることで寂しさを誤魔化す子供。
「……さっきの言葉に少し付け加えます」
「?」
「結理さんの無茶はそう簡単に止まりそうにないので、余りにも無茶が過ぎるようだったら今後は縛り上げてでも止めます」
「えー…?何それこわー……」
言葉とは裏腹に、結理は楽しげに笑った。
異界都市日記11 了
2024年8月17日 再掲