異界都市日記11
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目的地は路地に入ってしばらくも行かない内にあった。レンガ造りの古びた建物に取り付けられたドアは、今にも朽ちてしまいそうな色をしている。そんなドアについたノッカーを結理が叩くと、数秒程で中から開いた。出て来たのは髪が触手状にうねっている異界人の男で、ツェッドの姿を見て怪訝そうにしたが、結理の姿を認めるとすぐに明るい声を上げる。
「おおユーリじゃん!」
「こんにちはルレカさん。ハロルドさんはいますか?いないですよね?じゃあしょうがないこれだけ渡しといてくだ」
「ユーリ!?ユーリちゃあぁぁぁぁぁん!!」
一方的にまくしたてて封書を手渡そうとした結理だったが、それは奥からの声によって遮られた。結理は盛大に顔をしかめかけたがどうにか繕い、ルレカと呼ばれた異界人は苦笑するように息をつく。
「入ってらっしゃい!顔見せて!ああんもう来るなら来るって言ってよー!」
「……だそうだ。相変わらず散らかってるけど、どうぞ?」
「……失礼します帰りたい」
「結理さん、本音が出てます」
扉を潜った先にあった部屋は、一番近い表現をするならば物置だった。壁一面に設置された棚から溢れんばかりに様々な物が詰め込まれていて、床も通路として確保されているらしいけもの道以外は全く見えない。
そんな部屋の奥に持ち主はいた。一見では性別が判断できないその人物は、待ちわびていた様子で結理を見ると目を輝かせて歓声を上げた。
「ユーリちゃん!ああっ…!今日も可愛い……びゅーてぃほー……その艶やか黒髪に黒曜石みたいな黒目……もちもちしてそうなほっぺた……食べちゃいたい…!隅々まで……あますとこなく……!!」
「ハロルドさん今日もフルスロットルですねぇ……あ、これスターフェイズさんからです。それと新人をご紹介に」
「あら、珍しいタイプの子ね」
「ツェッド・オブライエンです」
荒い呼吸をつきながら舐め回す様に上から下まで眺める人物に、結理は表情を引きつらせないように最大限の努力をしながら封書を渡してツェッドの紹介もする。少女に向ける視線はどう控え目に表現しても危ないそれだったハロルドは、ツェッドに向き直ると今までの態度を全て吹っ飛ばしてごく普通に笑いかけた。
「よろしくミスタ・オブライエン。アタシは『雑貨屋』ハロルド。イイ男は可愛い女の子の次に好きよ。あ!そうそうユーリちゃん、見せたい物があるのよ!お近づきの印って程じゃないけど、ミスタ・オブライエンも見て行ってちょうだい?ルレカ!持ってきて!」
「はいはいかしこまりましたよ」
「はいは一回!」
「はーい」
上下関係のあるだろう相手に軽くあしらうような返事をしたルレカが持ってきたのは、布の張られたボードに乗せられたガラス細工のようなものだった。多角形のガラス板をいくつも重ね合わせたようなそれは、照明の光を受けてキラキラと輝いている。
「これ……ただのガラス細工じゃありませんね?」
「その通り!これね?35度以上の温度に触れると術式が発動して、なんと!部屋の中が簡易プラネタリウムになるらしいのよ!この間骨董市でオススメされて買っちゃったのー!ねえねえねえねえ触ってみてー!!」
「はあ……」
テンションの上がっているハロルドに引いた様子で曖昧な返事をしつつ、結理は言われた通りにガラス細工を持ち上げて、軽く握るように掌に乗せた。
「綺麗……」
「氷の結晶のようですね」
「……っ?」
ツェッドと一緒にガラス細工を覗き込んでいた結理は、探知能力が捉えた違和感に眉を寄せた。その正体を探るよりも早く違和感が広がり、それは目に見えるものへと変化する。
手にしていたガラス細工の内側から光がこぼれ出し、まるで羽を広げるように光が形を作った。
「っ!?な……」
光の羽は部屋中を照らす勢いで輝き、光源のすぐ側にいた結理とツェッドを攫うように覆ってすぐに消えた。
「……え……ええええっ!?」
後に残ったのは呆然とした表情で見ていた部屋の主達と、床に落ちた小さなガラス細工だけだった。
「……っ……あれ…?」
気がつくと、さっきまでいた物で溢れかえった手狭な部屋の中ではなかった。眩しいぐらいに明るい空間に結理は一人で立っている。周囲を見回すが、鏡のようなガラスのような壁に光が当たって反射して、降り注ぐようにきらきら輝いている光景が目に映るだけだった。
「……ちっ……またかあの『雑貨屋』…!」
恐らく、『雑貨屋』が渡したガラス細工にプラネタリウムではない何かの術式が組まれていて、それに閉じ込められたのだろう。
様々なネットワークを持つ『雑貨屋』が、こうしたトラブルを意図せずにこちらに放り投げて来たことは一度や二度ではない。口ぶり的に今回も何も知らずに購入した可能性が高いだろう。何某の対応はしようと心に決めてから、結理は今解決すべき問題に向き直る。
「ツェッドくーん!!聞こえたら返事してー!!」
一緒に引きずり込まれた姿は見えていたので、ひとまず声を張り上げて呼ぶが、鏡とガラスに反響するだけで返事はない。
(携帯……も圏外……自力で探すしかないか……)
「……ぅ…!?」
確認しながら探知感度を広げた結理は、引っ繰り返りそうになって慌てて感度を狭めた。探知を広げようとすると、先程声を上げた時のように感覚が反響して様々な気配が無駄に流れ込んできてしまい、前後不覚に陥りかけてしまう。いつものように広範囲を探知してツェッドの気配だけを捉えるのは困難なようだ。
「ハンデ付きでミラーハウス挑戦は初めてだなあ……」
皮肉気に笑いながら、結理は探知を狭める直前にほんの僅かだけ捉えた気配の方に足を向けた。