異界都市日記11
名前変換
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「届け物…ですか」
「これを4番街のハロルドに届けてくれ。それとツェッドの紹介も宜しく」
「ぅげ……!」
指示された名前と住所を聞いて、結理は盛大に表情を引きつらせた。その理由が分からないツェッドは怪訝そうに首を傾げ、理由が分かっているスティーブンは特にリアクションはせずに書類とにらめっこを続けている。
「あのロr…変t…『雑貨屋』さんの所ですか…?」
「そう。あのロリコンで変態でお嬢さんをこよなく気に入ってる『雑貨屋』ハロルドだ」
「オブラート破んないでください。包み切れてなかったけど……てゆうか……あの、スティーブンさんは行かないんですか?」
「ついて行ってあげたいけど、ご覧の通り処理しなきゃなんない書類が溜まっててね」
「……書類はわたしが」
「却下。君とツェッドの二人で行くように。これは業務命令だ」
「く…!分かりました……」
「まあ、奴が直接君に手を出すってことはないよ……多分」
「…もしもの時はぶっ飛ばしていいですか?」
「駄目。あれでも亡くすには色々勿体ない相手だ。逃げるぐらいにしときなさい」
「言ってみただけです」
嫌そうに顔をしかめつつも、結理は差し出された封書を受取って隣に立つツェッドに笑いかけた。
「じゃあ、行こうかツェッド君」
ヘルサレムズ・ロットは今日も剣呑で平穏だった。小さな異界生物が空を飛び交い、道の真ん中で小競り合いが起こり、道路で車と異界存在の衝突事故が起こり、通りとビルを挟んだ向こうでは破壊音と銃声が聞こえてくる。
そんな喧騒の中を、ツェッドは結理の後を追うように歩いていた。目的地を聞いて顔をしかめていた少女は、今は何ともなしに街を眺めながら鼻歌交じりに前を行く。
一之瀬結理に対するツェッドの第一印象は子供だった。血界の眷属と対峙する戦場に何故子供がといった驚きが先行していたが、その印象はすぐに塗り替えられた。
次に抱いた印象は普通の女の子だった。明るく人懐っこくよく笑う。ある意味ではレオ以上に、この超常が日常の街で生きて行くには不釣り合いに見えた。その印象もそう期間を置かない内に塗り替えられた。
どちらの印象も、小柄な少女の容姿からは想像できないような闘気を発し、己の血を武器に形成して振るう姿を見せられた為に塗り替えられている。前者は初対面の兄弟子が人を見るなり大爆笑しだしてそれどころではなくなったというのも無きにしも非ずだが……
そして現在の印象はというと、目を離すと危ないというのが真っ先に出た。何か騒動や事件が起きれば真っ先に飛び出して行き、最前線で己の力を振るう。これ以上は危険だと誰もが思うラインから、何の躊躇もなく更に一歩踏み込む。色々と尊敬できない所が多々あり過ぎる兄弟子に同意するのは些か抵抗があったが、彼が表現した狂戦士という言葉が正しく当てはまるような少女だ。
日を重ねる毎に、少女は次々と違う顔を見せる。どれが本当なのかどれも本当でないのか、ツェッドにはよく分からなかった。残るのは、一之瀬結理とは何なのだろう?という疑問だけ。
そんなことを色々と考えていると、不意に結理が足を止めてこちらに振り向いた。目が合うと、少女は困ったように苦笑する。
「そんなじっと見なくても、突然いなくなったりしないから大丈夫だよ?」
「…っ!すみません……凝視していたつもりはなかったんですが……」
指摘されたツェッドは、はたと我に返って慌てて謝罪した。
印象とは違うが、結理は気配の類に敏感だ。生物は勿論のこと魔術や障害物、害意に至るまで様々な『気配』を知覚する感知能力があるとのことで、その割にはよく怪我をするとぼやいていたのはレオか兄弟子か、両方だった気もする。
「そういえば……ツェッド君と二人だけって初めてだね」
「言われてみれば……そうですね。普段はレオ君か兄弟子かそのどちらもいることが多いですし」
「どうかね?この街には慣れたかね?」
「……クラウスさんの真似ですか?」
「えへへ……当たり」
どこか照れくさそうに笑いながら、結理はツェッドの隣に並んで歩みを再開した。
「騒がしくて色んな人がいて、びっくりすること多いでしょ?」
「ええ。慣れたと思った矢先に、また新たな驚きと遭遇します」
「分かる。昨日までの普通が異常になったり、逆に異常が日常になったり。わたしも最初の頃はいちいち反応しちゃって大変だったなあ」
「そういえば……結理さんは何故この街に?元から『牙狩り』に所属していたわけではないのでしょう?」
「来たの自体はたまたまかな?HLに来るまでは適当に次元移動してたから」
「……次元移動?」
「……わたしのことどこまで話したっけ?」
「特に何も聞いていません」
「人間と吸血鬼と人外のハイブリットってことも?」
「吸血鬼…!?」
「おぉ……そっからか…!」
吸血鬼という単語を聞いてぎょっとすると、結理も驚いた様子で丸い目を更に丸くしてから、「久しぶりのリアクションだなあ……」と苦笑を漏らした。
「まあ、吸血鬼って言っても血界の眷属じゃないよ?ちょっと長くなるけど…あ、そこの道入ったらすぐだから。この話はまた後で」
少しだけ楽しげに話していた結理は、道を指しながら小走りで路地に入った。