幕間:少女の仕事
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「だあー……疲れたー……」
日の暮れた通りをベスパで走りながら、結理は言葉と一緒に疲労の見えるため息をついた。任務は滞りなく完遂できたが、移動が多く時間もかかるものだった。もう少し範囲が狭ければ定期的に区画の変わるHLを探検気分で巡れただろうが、移動距離も中々長かったので疲労の方が勝っている。
(どうしようかなー?スティーブンさんは明日でいいって言ってたけど、まだそんな遅くないし、報告書仕上げて仮眠室で寝ようかなあ……?)
その方が色々面倒が少なくて済むだろうかと考えていると、前方で大きな激突音がした。事故のようだが、爆発や二次災害も起こっていないのでそう大きなものではなさそうだ。そのまま普通に横を抜けた結理は、
「っ?」
反対車線で見覚えのある姿を見つけて、十数メートル走ってからベスパを止めた。
「……バーガーの……えっと確か……ネジ君?」
昼間レオから聞き、以前彼と一緒に遭遇した異界人の名前を思い出しながら、ベスパを降りて来た道を戻る。知り合いという程でもないが、レオの友達を放置してそのまま素通りするのは流石に気が引けた。以前は車と激突してもピンピンしていたが今回もそうとは限らないし、何となく抜けていそうな印象があった彼がこの42番街でトラブルを起こしたら、どんな理不尽を受けるか分からない。
「……っ!」
そう思いながら駆け寄ると、既に理不尽と思える事態が起きていた。ネジにぶつかった運転者らしい男が、馬乗りになって拳を振るっている。周囲の人間は眉をひそめるだけで止めようともせず、ネジの頭は真っ赤に染まっていた。
その光景を見た結理は、顔色を変えて走る速度を上げながら声を張る。
「ちょっと!何やって」
結理が怒鳴りながら物理的にネジから男を引き剥がそうと足を振り上げかけたが、それは出来なかった。
男がダメ押しのように一発殴った瞬間、ネジの頭から突然煙のようなものが噴き出した。
「っ!?う……」
避ける間も息を止める間もなく、思い切り煙を吸い込んでしまった結理は、そのまま意識を失った。
「集団昏倒?そう大騒ぎする事とも思えないけど――あー…「42街区」で、なのか」
チェインから持ち込まれた情報を、緊急性はなさそうだと判断した様子で聞いていたスティーブンは、発生した場所を知ると面倒くさげに少しだけ顔をしかめた。
通称「隔離住居区の貴族―ゲットー・ヘイツ―」と呼ばれている街区の住人は異界の者に対する嫌悪感を多かれ少なかれ持っている者が大半で、ヘルサレムズ・ロットの住人の割には超常現象に対する耐性も少々低い。
「ついでに現場に居合わせた結理も巻き込まれています」
「珍しく出勤してこないと思ったらそれでか……しかし相変わらず耐性のない連中だ。よっぽどの害がない限りサンドマンの実在とかで片付ければいいものを…身がもたんぞ」
「――それがですね、同時に集団記憶喪失も併発してまして」
「ふむ」
「13時間前まで遡って全ての当事者が一切合財の記憶を失くしています」
「……結理もか?」
「はい。話を聞きましたが、昨日の昼以降の記憶が一切ないそうです。つまり騒ぎの中心で何が起こったかが全く分かりません」
「なるほど、前言撤回。かなり厄介だな」
この集団記憶喪失が意図的なものだとしたら、どんな大犯罪も観測されたままなかったことに出来る。
そんな見解を口にした所で、ガタンと大きな音がした。見ると話を聞いていたらしいレオが、どこか焦った様子で扉を開けた状態のまま立っている。
「?どうした?少年」
スティーブンが怪訝そうに声をかけるが、レオはそのまま慌てた様子で駆け出していってしまった。