幕間:癒えるまでの話
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「……安心したんです」
まだ少しだけ涙に濡れている声で、結理はぽつりと呟いた。
「実は……入院中ずっと、この間の……あの亡霊に、襲われた時の夢を見てて、家族の記憶が全部それに……あんなニセモノに上書きされちゃうんじゃないかって、不安だったんです」
何週間も前の出来事だというのに、まるで昨日のことのように鮮明に、あの日の場面と呪詛のような言葉が悪夢として出てきていた。何度も振り払い続けて、少しずつ薄まってはきていたが、それでもまだ完全には消えていなかった。
「でもさっき、わたしが知ってるお母さんの事思い出せて……すごい、ほっとしたってゆうか……もう大丈夫なんだって、思って……」
吐き出すように喋る少女の瞼が、段々と重そうに下がっていく。
「……ありがとうございます、K.Kさん……」
もうあのまやかしの姿も、声も、すぐに思い出すことはできない。
難なく思い出せるのは、優しげにこちらに笑いかけて、手を差し出す姿だけだ。
「……ようやく……全部終わった……気がします……」
「……そうよ。もう悪い夢を見ることはない。ゆっくり眠るといいわ」
「……はい……」
髪を撫でると、結理は安心したように笑ってから目を閉じる。一度深く息を吐いた後は、規則正しい寝息だけが聞こえてきた。頬に残る涙の痕をそっと拭ってから、K.Kは少女に毛布をかけて音をたてないように慎重に離れた。
着信が入ったのはそれから何分もしない内だった。ディスプレイに表示された名前を見て盛大に顔をしかめながらも、電話に出る。
「ムカツク」
『ええ…!?まだ何にも言ってないじゃないか……』
「タイミングが良過ぎるのよ。絶対こっちの会話聞いてたでしょ。そうに決まってるわ」
『その口ぶりじゃお嬢さんは眠れてるようだね。』
「ダメならもう一日って思ったけど、大丈夫そうよ。一応様子見で明日も一緒にいるつもりだけど」
『ありがとう、K.K。』
「アンタにお礼言われる筋合いなんてないわよ。アタシがユーリの辛そうな顔を見たくないからしてることなんだから」
『それでもさ。結理の暗い顔を見たくないのは、僕も同じだ。やっぱり君にお願いしてよかったよ、K.K』
受話器の向こうの声は穏やかで、少女の事を本当に気遣っているのが伝わってきた。胸中で色々よぎった言葉があったが、K.Kはそれを一言に集約して相手に告げた。
「……やっぱムカツク」
『ええ……』
目を覚ますと、外はすっかり明るくなっていた。一瞬自分がどこにいるか分からず、結理はぼんやりと周囲を見回す。
(……あー…K.Kさんちに来たんだっけ……)
思い出しつつ慎重に起き上がると、昨日まであった痛みや体の奥底で淀んでいたような倦怠感が消えていることに気づいた。包帯を外して腕を見ると、残っていた傷は全て塞がっていて、傷跡が残るだけだった。この跡もそう日を置かずに消えるだろう。
(そういえば……すごい久しぶりにちゃんと寝られた気がする……)
夢を見ない程深く眠ったのは本当に久しぶりだった。悪夢に苛まれていた数週間が嘘のように、体も、心も軽い。
「……もう大丈夫」
呟いて、結理は力を抜くように苦笑をこぼした。
家の中には一人分の気配しかなかった。その気配を辿ってキッチンまで行くと、洗い物をしているK.Kの姿を見つけた。K.Kも結理がやってきたことに気付き、顔を上げて悪戯っぽく笑いかける。
「おはようユーリ。随分お寝坊さんね?」
「おはようございますK.Kさん。久しぶりにすごい寝ちゃいました……あ、手伝いますよ」
「いいのよ。まだ腕治ってないでしょ?」
「そう思うでしょ?でもそんなことないんです!」
そう言いながら、結理は得意げに傷の塞がった腕を見せた。K.Kは驚いたように目を瞠るが、すぐに楽しげに笑みを漏らす。
「それじゃ、後で買い物に付き合ってもらおうかしら?」
「はい喜んで!」
「その前にその可愛い寝ぐせ何とかしないとね」
「え……え!?うそ!!?」
指摘されて、慌てて跳ね放題になっている髪に触れてから、結理は思わず噴き出した。それにつられるようにK.Kも噴き出し、一緒になって声を上げて笑いあった。
end.