幕間:癒えるまでの話
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「ユーリっちー、いるー?」
「あ、K.Kさん!お疲れ様です!」
そう言いながらK.Kが執務室に顔を出したのは、外出していた結理が呼び戻され、不備を直し終わったと思ったら何故か倍ほど増えていた書類を、どうにかこうにか終わらせた少し後だった。一息ついていた結理は、呼ばれて表情を輝かせたがすぐに怪訝そうに首を傾げる。
「って……わたしに用ですか?」
「迎えに来たわよ」
「へ?むか、え?」
「もー!この間言ったじゃない!腕治るまでは私かチェインで面倒見るって!」
「……あーはい!覚えてます。今日はK.Kさんなんですね?」
確かに入院中、退院までに腕の完治はしないと言われていたので、K.Kとチェインに治るまでは面倒を見ると言われた。実際、昨日はチェインが買い物を始めとした身の回りのことを手助けしてくれている。その時は仕事終わりに外で待ち合わせをしたので、結理は迎えに来るという発想に数秒結びつかなかった。
慌てて返すと、K.Kは楽しげに笑いながら促す様に結理の背中を軽く押す。
「そういうこと。じゃ、帰りましょ?」
「あ、でもまだ」
「書類は大分片付いてるし、今日はもう上がりでいいよ」
「……ありがとうございますスティーブンさん。それじゃあお言葉に甘えさせてもらいます」
「お疲れ。今夜はゆっくりしておいで」
「?はい……じゃあK.Kさん、お願いします」
「まっかせなさい!」
若干引っかかりのある言い方に、結理は怪訝そうにしつつも頷いた。明日が全休だと言い渡されているのに、何故今夜限定なのだろうと疑問に感じたが、すぐにまあいいやと思い直して事務所を出た。
そして数十分後、その言葉の意味を理解することになる。
「……え?」
「さー着いたわよー」
着いた場所は自宅のアパートではなかった。バイクの座席後部に乗ったまま建物を見上げた結理は、戸惑い気味にK.Kを見る。
「ちょ、え?ここ、K.Kさん家ですか…!?」
「そうよ」
「で、でもわたし何の準備も」
「パジャマと歯ブラシは万全よ!さー降りて降りて!」
(ああ……今夜はってそういう……)
「えっと……はい、おじゃまします」
ここまで来た以上断るのも失礼にあたるしそもそも断れるわけもないので、結理は苦笑は隠し切れないままこの状況は受け入れることにした。
あらかじめ話は聞いていたらしく、K.Kの家族は暖かく結理を出迎えてくれた。彼女の二人の息子は最初は緊張した様子でいたが、共通の話題があると分かるとすぐに打ち解けてくれて、最後にはどちらが結理と一緒に寝るかで揉めだすにまで至った。
「こーら!ユーリお姉ちゃんは怪我してるんだからママと寝るのよ!」
「あ、いいですよK.Kさん!このぐらいなら何ともないですから」
「ダメよ。何かあったらアタシが叱られちゃう。アンタ達はまた今度!元気な時に一杯一緒にいられる方がいいでしょ?」
「「……はーい」」
(さりげに次の約束取り付けられた…!!)
「……ごめんね?今度は元気な時に来るから、そしたら三人で一緒に寝よう?」
目線まで屈んで笑いかけると、二人の少年はしょうがないと言いたげに笑いながら、頷いてくれた。
「騒がしくてごめんねー?息子二人だとどうしてもああなっちゃうんだ」
「そんなことないですよ。賑やかなのは嫌いじゃないですし、仲が良くて見てて楽しいです。てゆうか、わたしの方こそ色々お世話になっちゃって申し訳ないです。現在進行形で……」
「それこそ気にすることじゃないわ。アタシが好きでやってる部分もあるし」
「はあ……」
心底楽しげなK.Kの言葉を聞きつつ、##NAME2##は風呂上がりの髪を拭かれていた。最初の内は戸惑いが多かったが、数時間も経つと大分慣れてきて、今は素直に受け入れて談笑をかわしている。
「にしても……あんなに髪長かったのに、本当にばっさりやっちゃったね」
「入院中からお世話してもらうのに邪魔だったんで。治ったらまた伸ばします」
「そうね。短いのも可愛いけど、やっぱユーリっちはロングの方が似合うわ。はい終わり」
「ありがとうございます」
「次は包帯ね。さ、腕出して」
「はい。」
言われるままに結理は腕を出した。まだ凄惨な傷の残る腕に、K.Kは嫌な顔一つせずに触れる。
―結理……また父さんとね?ほら、腕出して―
「……っ……」
「ごめん、痛かった?」
「っ!あ、違いま……っ……」
優しい手つきで腕を取ったK.Kの姿が、触れた手が、不意に記憶と重なった。マズイと思った時には、止める間もなくこみ上げてきたものが溢れ出していた。
「ユーリ…!?」
「ごめんなさい……傷が痛いんじゃ、ないんです……そうじゃなくて……!」
唐突にこぼれた涙を慌てて拭い、結理は何とか笑おうと口の端を持ち上げる。だが上手くいかず、涙もこぼれ続ける。
「……ユーリ、」
そんな少女を、K.Kは壊れものを扱うようにそっと抱き寄せた。結理はびくりと身じろいだが、すぐに強張った体から力を抜いた。
「辛くさせちゃった?」
結理が何を思って涙を流したのかはすぐに察しがついた。それだけ先日の『事件』は彼女にとって大きなダメージだったのだろう。まだ癒えていない傷は、外側だけではない。
その癒えていない傷を抉ってしまったのだろうかという問いかけに、結理は首を横に振ってから、震える声で続けた。
「……でも……少しだけ……こうしててほしいです……!」
辛うじてと言った風に言葉を紡いだ後は、押し殺した嗚咽だけが聞こえてきた。K.Kは何も言わず、あやすように少女の背中を撫でた。