幕間:癒えるまでの話
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ある日の午前―
「…!?ユーリ、髪切ったの?」
前日と違う少女の姿に、ザップと共に差し入れを持って病室を訪れたレオは挨拶よりも先に問いかけていた。
長かった結理の黒髪はばっさりと切られ、肩にもかからないショートヘアーになっている。
「何だぁ?ちんちくりんの分際でいっちょ前に失恋でもしたか?」
「この状態でどう出会って別れるんですか…!!?腕使えないし色々してもらうのに邪魔だから切っただけですよ」
「髪短いユーリって何か新鮮だなあ……あ、これ差し入れ」
「わーい牛乳!ありがとうレオ君!」
「オイ!陰毛だけかよ!」
「どうせザップさんは出してないでしょ?」
「ぐ…!」
「でも、来てくれてありがとうございます」
その日の午後―
「ユーリっちー!お見舞い来たわよ……って、どうしたのその頭!?失恋でもしたの?」
「それザップさんと同じ質問ですよ…?入院中で邪魔だから切ったんです」
二度目の質問に結理が苦笑しつつもK.Kに答え、ふいと窓の方を見た。するとそのタイミングでチェインが現れ、少女の短くなった髪をまじまじと眺めてから梳くように頭を撫でる。
「短いのも似合ってるよ」
「ありがとうございます」
「でもまた伸ばすんでしょ?」
「うーん……どうしようかなあ…?正直、動くのに邪魔かなあって前から考えてるんですよねえ……」
「ミディアムぐらいにしたら?それならくくれば邪魔になんないし」
「そうよー!長いのが似合う女の子が仕事の都合で短くしっぱなしなんてもったいないわ!」
「えへへ……考えておきます」
その日の夕方―
「やあお嬢さん……って、失恋でもしたのかい?」
「……もしかしてみんなで示し合わせて同じ質問してるんですか…?」
「あれだけ長かったのにそこまで短くしたら、そう尋ねたくなるだろ」
入って来るなりスティーブンが投げて来た本日三度目の同じ質問に、結理は若干辟易した様子で息をついた。
「もおー……クラウスさんだけですよぉ…!普通に「髪を切ったのだね。よく似合っている」って言ってくれたの…!」
「似合ってるよ。短いのも可愛いじゃないか」
「そうじゃなくて…!半分寝たきり状態の奴がどうして出会って別れられるんですかって話です!」
「ザップなんて入院中でも普通に関係持ってるぞ」
「下半身フリーダム先輩と一緒にしないでください…!!」
「思っていたよりも元気そうだね」
「今日はごっそり体力持ってかれた気がします……」
その日の――
「ユーリ~!どうしたのその頭~!失恋したの~?」
「どーーしてみんな同じ質問するんですか!!」
四度目の同じ質問に、結理はとうとう爆発した。張り上げた大声で誰かが来てしまうかもしれなかったが、それすらどうでもいいと思うぐらい色々たまりに溜まっていたものを押さえきれなかった。
「え~?だって~ロングの女の子がバッサリ切ったら~普通そう思わない~?でも似合ってる~」
「思ったことないです。てゆうか例によって何で普通にいるんですか…!?」
即答してから結理は、遠慮なしに両手でこちらの髪をわさわさと触るアリギュラに無駄だと分かっている質問をした。アリギュラは結理の髪を手櫛で整えながら、いつものようににんまりと笑う。
「お見舞い~死にかけたって聞いて~心配したんだよ~?」
「……っ……あ、ありがとうございます」
さらりと心配という単語が出て来たことに気後れしつつも、結理は素直にお礼を言っていた。少なくとも騒動を引っ提げない状態で現れた時は、偏執王はこちらに害をなすような行動はとらない。お見舞いというのも嘘ではないのだろう。
「ね~?フェムト~」
「っ!!?」
だが、次いで出てきた名前には盛大に顔を引きつらせていた。動作が傷に響いて痛みを訴えたがそれどころではない。アリギュラの視線を辿るように横を向くと、いつからそこにいたのか知った姿、堕落王フェムトが仮面で隠れていても分かる仏頂面で立っていた。
「ああああ~~~っ!!殴れない!!こんな近くにいるのに…!!」
「喚く元気はあるようだね」
拳を握れず悔しげに唸る結理に、フェムトはいつもよりは大分落ち着いた調子で息をついた。それから少女に指を突き付けて、ずいと詰め寄る。
「まったく……自らの力を引き出した反動で生死の境を彷徨うなんて……僕がどれだけ心配したと思ってるんだ!」
「え……」
「君は僕の大切な研究対象で玩具なんだから、僕のせい以外で死ぬことは許していない!勝手に死のうとしないでくれ!」
「清々しいほど自分本位な理由ですね…!!」
「そうさ何が悪い!」
「1から10まで悪いですよ誰があんたのおもちゃだ」
予想外の言葉に目を丸くしかけた##NAME2##だったが、続けて投げられた言葉に即座に半眼になった。だが当のフェムトは悪びれた様子もないし、結理もそんな態度は期待していない。
「君のどMの所業には毎度やきもきさせられるよ。この僕がだぞ?振り回すのが僕の常のはずなのに、君には時々驚くほど振り回される」
「じゃあ~そんなに心配なら連れてっちゃえば~?」
「っ!!」
「それはしない」
アリギュラの言葉に、今現在は絶対に抵抗できないことが分かっている結理はぎょっとした表情になるが、フェムトは即座につまらなそうに息をついて切り捨てた。
「抵抗のできない彼女を連れて行っても何の面白味もないからね」
(この人の美学ほんと訳分かんないなあ……)
「何か言ったかい?」
「あんたの美学ほんと訳分かんないなあって思いました」
「ふん、理解されるとも思っていないよ。とにかくだ、一刻も早くその負傷を治すことだ。君が駆けずり回ってくれなければゲームをしても張り合いがない」
「……あー……一応言っときます。お見舞い来てくれてありがとうございました」
「次は見舞いの品でも持ってくるよ」
「また来るね~ユーリ~」
「いや、もう来なくていいです。特に堕落王は」
遠慮も容赦もなく言い放つが、『13王』の二人は当然ならが聞いた様子もなくぱちんと指を鳴らし、空間に穴を開けた。
「……ああそうだ」
穴を潜る直前、フェムトが思い出したように結理に向き直った。まさか気まぐれで何かをする気なのかと動けないなりに構えた少女に手を伸ばし、フェムトは少女の髪に触れた。
「この髪形も中々似合っている。定期的に髪型を変えてみたらどうだい?君なら何でも似合うだろう」
「……え……」
色々な意味で全く予想していなかった言葉に、結理は目をまん丸に見開いた。その間に堕落王と偏執王は空間の穴を潜り、アリギュラが楽しげに手を振りながら穴を閉じた。
残された結理は、あんぐりと口を開けたまましばらく二人が消えた空間を眺めていたが、やがて疲れ切った様子でため息をつきながらうつむく。
「……あれは……ちょっと……卑怯だ……」
ぽつりと漏れ出た言葉は、誰にも聞かれることなく消えた。
end.