幕間:闘技場の舞姫
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「グレゴールさん、お話があるんですけど……」
「ん?どうした?」
「実は……」
少女の口から出た内容に、グレゴールは心底訝しげに顔をしかめた。
「わたしも噂を聞いた程度なんで、本当か嘘かは分かんないんですけど、グレゴールさんには言っといた方がいいかなあって思いまして……正直、リングに立つグレゴールさん、もっとずっと見てたいんで……」
「……まったく、どこでそんな口説き文句覚えてくるんだ?」
「っ!あ、いや、そうゆう意味合いじゃないんですごめんなさい!」
「あはははっ!冗談だって!まあ、気には止めておくよ。ありがとな、ユーリ」
そんなやり取りから数日後、結理は再びリングに上がっていた。筋骨隆々の人類の男を二分三十秒で叩き伏せ、また秒殺でなかったとブーイングを浴びながら降りた先では、数日前に声をかけてきた異界の男が待ち構えていた。
「返事を聞かせてもらえますかな?」
「……イエスで」
ため息をつきながら問いに答えると、異界の男は満足げな笑みの気配を見せて、数日前と同様に「ではこちらへ」と結理を促した。もう一度ため息をついて、結理は前回同様盗聴器ともう一つ、別の仕込みのしてある髪飾りに触れながらその後をついていく。
関係者専用の細い通路を抜け、階段を上った先には大きな扉があった。先頭を行く異界の男がノックをして「失礼します」と声をかけてから、扉を開ける。
「お連れしました」
室内は扉に見合って広かった。壁の一部がくり抜かれて下のリングが見えるようになっている部屋の真ん中で、結理の軽く二倍はあるだろう体積の異界の男が待ち構えるように立っている。
「ようこそVIPルームへ。俺が現オーナーを務めている者だ」
「オーナー……って、まさか……」
「歓迎するよ『漆黒の戦乙女』……いや、」
「っ!?」
オーナーを名乗った男の合図と同時に、案内をした男と室内にいた者達が一斉に結理に向かって銃器を突き付けた。結理は見開いた目だけで周囲を見てから、オーナーに視線を戻す。目が合ったオーナーは、にたりと笑みを浮かべた。
「秘密結社ライブラ構成員、結理・一之瀬」
「……マジですか」
告げられた肩書きと名前に、結理は顔を引きつらせる。オーナーが薬物売買の黒幕なのでは?という予測の他にあった、自分の所属を知られているのではないかという懸念が当たってしまった。結理の表情を追い詰められた焦りと判断したらしく、満足した様子でオーナーは笑みを浮かべたまま少女に銃を突きつけて続けた。
「まさかこんな子供がライブラの一員だなんてなあ……いや、HL(この街)じゃそんなのも驚く話じゃないか」
「こっちも色々予想外ですよ。どこでわたしのこと聞いたんですか?」
「答える必要はあるか?」
「ですよねぇ……にしても、オーナーがドラッグの元締めやってるなんて……エデンも墜ちたもんですね」
「今時ステゴロショーだけで収益が出せるほど楽じゃないんだ。サイドビジネスも必要なんだよ」
「そうですか?前オーナーはうまくやってたみたいですけど?」
「あれは道楽経営だ。だがこっちは違う。いい実験台も山ほどいるし、まずはエデンのアイドルから薬漬けにと思って周辺を洗ったら、予想外に大きな情報が流れて来てくれた」
(……え、わたしいつの間にアイドルになってんの…?)
そんな頻繁にリングに立っていたつもりはないのだが、ブロマイドの件といいそれなりにファンがついていたらしい。そういえばブロマイドの犯人捜せなかったなあと場違いな事を考えながら、結理はオーナーの話を適当に聞きつつ軽く探知感度を広げた。伏兵の気配はなく、見える範囲にいるだけで全員のようだ。
それならば問題なく対処できる。
「ライブラの情報を欲しがってる奴はごまんといる。そのみてくれも合わせていい元手……いや、エデンを道楽経営に戻せるほどの金が入る…!」
「それはそれでいいですねぇ……って、言いたいとこですけど、残念ながらそうゆうわけにはいかないです」
「おいおい随分余裕だなお嬢ちゃん」
何でもないように結理が息をつくと、その態度が気に障ったらしく、銃を突きつけている一人が若干苛立たしげに顔をしかめる。
「自分が薬漬けになるか脳味噌抜きとられるかの瀬戸際だぞ?もうちょっと慌ててもいいだろ」
「……慌てる?そんな必要ないですよ」
「はあ?」
「だって、」
心底訳が分からないといった様子の男に答えながら、結理は無造作に飛び上がった。軽い動きに銃を構えていた者達が一斉に引き金を引こうとするが、それよりも早く強烈な冷気が室内を駆け抜けて、誰も実行に移すことはできなかった。
「どれにもなんないし」
結理が着地をして白い息を吐いた時には、室内は氷で覆われていた。少女に銃を突きつけていた者達やオーナーも例外ではなく、驚愕の表情で全身を凍らされている。
その氷の部屋に、悠然と入って来る姿があった。
「お疲れ様です、スティーブンさん」
結理も極めて普通に振り向いて、部屋に足を踏み入れるスティーブンに笑いかける。
「お待たせお嬢さん。危ない所だったかな?」
「いえ全然。お願いしたもの持ってきてくれました?」
「ああ、これでいいかい?」
「十分です。ありがとうございます」
「な……何だ……お前……」
街中で出会って世間話でもしているような男と少女に、辛うじて口は動くらしいオーナーが、ぱりぱりと音を立てながら掠れた声で問いかけた。
「わたしの上司です。まあ、覚えなくていいですよ。どうせすぐ忘れちゃうし」
答えながら結理は、手渡された血液パックの蓋を開けて中身を吸い出し始めた。これから行うことは血を飲まなければできない。最初に聞いた時は躊躇ったものの、他でもないスティーブンから許可を得ているので、遠慮なく自分の吸血鬼の部分を使わせてもらうことにしている。
「……そういうのを見ると、吸血鬼って感じがするね」
「ひょうれふね。いつもは血晶石しか使いませんし」
ゼリー飲料でも飲んでいるかのようにパックの中身を飲み干した##NAME2##がわずかに顔をしかめると、瞳孔が獣のように縦に細長くなる。
その変化に、見えずとも感じ取れる圧に、凍らされた者達は息を呑んだ。
「さて……まずは情報の出所ですね」
「ひ…!」
獣の瞳に見据えられたオーナーは引きつった悲鳴を上げた。それを見た少女が楽しげに笑いながら赤のついた唇を舐めると、鋭く尖った犬歯が隙間からこぼれる。
「洗いざらい、ぜーんぶ吐いてもらいますよ?」