幕間:闘技場の舞姫
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そうして割り振られた任務は潜入捜査だった。結理が不定期に通う地下闘技場、エデン内で異界麻薬の一種が秘密裏に取引されているらしい。以前は起こり得なかったことなのだが、オーナーが代替わりして以降はステゴロの楽園と称されていたエデンも、他の地下施設同様そういった表沙汰に出来ない取引の場を兼ねるようになってしまった。
その取引を牛耳っている元締めと、異界麻薬の流出ルートを見つけるのが今回の任務だ。エデンに出入りしている結理だからこそ探れる手段で、黒幕をあぶり出す。
「……悲しいなあ……」
「ん?どうしたユーリ、何か悩み事か?」
麻薬取引の黒幕を摘発するということは、元々非合法な地下闘技場であり取引の現場として使われているエデンも、芋づる式に摘発されるという事だ。隠れて通う程楽しみだった場所を自らの手で潰すのは、仕方がないとはいえ心苦しい所もある。
思わず声に出して息をつくと、聞こえたらしく隣にいたグレゴールが怪訝そうに尋ねてきた。結理は憂鬱気な表情のまま、何となく闘技場内に視線を巡らせながら答える。
「グレゴールさんも感じたことありません?オーナーが変わってからエデンも何となく変わっちゃったって」
「んー……まあ、仕方ないんじゃないか?リング上が何一つ変わってないだけマシだろう」
「……そうですね。あ、じゃあわたし出番なんでこれで!」
「おう、頑張れよー『漆黒の戦乙女』!」
「もー……やめてくださいよぉ……」
茶化すような声援に押されながらも、結理はリングの上に立った。今日はコートの黒が映えるように白地に赤い飾り縫いの施されたワンピースという格好で、更に頭には飾りのついたカチューシャをつけている。傍から見れば到底戦う装いではないが、この場に不釣り合いな『衣装』も演出の一つだ。
(うーん……負けたら流石に死んじゃうだろうしなあ……上手いこと長くできないかなあ…?)
考えている内にゴングが鳴った。対峙していたのは異界存在の男で、開始と同時に体を二倍近くにまで膨れ上がらせて、難しい顔で腕組みをしている結理に突っ込んでいく。
(不調に見せて、何とか勝つ……難しいかなあ…?時間引き延ばすだけなら出来そうだけど……)
『おっと!『漆黒の戦乙女』が攻めあぐねてる!これはひょっとしてひょっとするか!?』
「意外に何とかなるかも」
小さく息をつき、腕組みを解いた結理は棍棒のような腕から繰り出されたラリアットを跳び上がってかわした。
試合は『漆黒の戦乙女』としては最長の三分で決着が着いた。リングの中央に沈めた異界存在には目もくれず、結理はいつものように秒殺できなかったというブーイングを浴びながら、逃げるようにリングを降りる。
(不調の出場者……出場に憧れる一般人……狙うとしたらその辺だと思うんだけど……)
「『漆黒の戦乙女』さん、」
「……っ…!」
(きた……)
声をかけられ、結理は驚きと迷惑にしかめた顔を作って振り向いた。声をかけた相手は帽子を目深にかぶっているが、異界人であることはすぐに分かる容姿をしている。
「大分お疲れのようですね。」
「まあ、長期戦は初めてだったんで……どうも最近調子が出ないんですよねぇ……」
「おやおや、『漆黒の戦乙女』さんがそんな姿を見せては、観客ががっかりしてしまいますよ」
「どうですかね?ここもちょっと前とは大分変っちゃいましたし。わたしのショーを見る人なんて半分も居ないんじゃないですか?」
苦笑を浮かべながら、結理は動いて若干乱れた髪を整えるようにカチューシャに触れた。一見普通のカチューシャだが、飾りの中に盗聴器を仕込んである。それを起動させてからすぐにまた顔をしかめて、帽子をかぶった異界人を見据える。
「それで、わたしに何か用ですか?見ての通り疲れてるんで、早く帰りたいんですけど」
「その疲れを取って差し上げようと思いまして」
「……いくらショーとはいえ、ドーピングは規定違反じゃありませんか?」
「察しがいいですね。けれど、それは昔の話でしょう?今は違う。強者が勝者だ」
(あー……これは全体的に真っ黒かなあ…?)
「……ちょっと興味湧きました。まずは話だけ聞かせてもらえますか?」
「ではこちらにどうぞ」
異界の男が若干嬉しそうに笑う気配を見せて、結理を奥へ促した。それについていきながら、探知感度を上げて周囲を探る。
自分に向けられるいくつもの視線を感じながら、結理は奥の部屋へ続く扉を潜った。