幕間:血晶石
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「……これが『非常食』ってやつ?」
「そう。血晶石(けっしょうせき)っていってね、まあざっくり言うと究極の自給自足って感じかな?」
答えた結理は掌を一度指でこすってから、赤い石を拾って巾着袋に入れていく。レオも何となく一つ拾って、まじまじと覗いてみた。一見するとガラス玉のような水晶のようなそれは、よくよく見てみると微かだがオーラを帯びていた。
「これもしかして、ユーリの血でできてるの?」
「そうだよ。『血術』の応用で固めてるの」
(貧血を伴う作業って、そういうことか……)
自身の血を使って精製する作業ならば、貧血になるのは当たり前だ。究極の自給自足という意味も理解できた。
「ちゃんとご飯食べてれば基本的に血はいらないはずなんだけどねぇ……それでもどうしても必要な時ってやっぱり出てくるの。毎日騒動のオンパレードなHL(この街)だと特に。そうゆう時に、吸血の代わりになるのがこの血晶石ってこと。大技使う時とか長期戦の時は、これがないとすぐ貧血になって動けなくなっちゃうから……」
「結構大変なんだね」
「生まれつきの体質だからもう慣れたよ。代わりに吸血鬼の弱点がないし、吸血衝動…血が欲しい!って発作みたいなのも起きないから、それでイーブンだし」
笑みをこぼしながら血晶石を一旦全て袋に入れた結理は、その中からいくつかをコートのポケットに移しながらレオの方を見る。
「それで?何か暴れてるの?」
「え…!?」
「いつもならクラウスさんかギルベルトさんか、たまーにチェインさんかスティーブンさんが来るのに、今日はレオ君が来たから」
「あ、いや、そんなんじゃないよ。さっきも言ったろ?スティーブンさんに頼まれただけで……」
「ふーん……」
回答を聞いた結理が目を細めながら息をついたので、レオは咄嗟に少女の両手を抑え込むように掴んだ。能力差を考えればこんな拘束は簡単に解いてしまえるだろうが、無駄な努力でも何もしない訳にはいかない。
手を握られた結理は数瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐに若干呆れたように苦笑を漏らす。
「……レオ君、これじゃあ何かありますって言ってるようなもんじゃないかな…?」
「でもこうしないと勝手に飛び出していくだろ?」
「……そんなことしないよ」
「それ、こっちの目ぇ見てもう一回言える?」
「………………」
「いいから休んでなよ。伝えなくていいって言われたし、ここでユーリに出て行かれたら俺がスティーブンさんに怒られる…!」
「あ、本音そっちか」
半眼で呻いてから、結理は息をついて振り解こうと軽く構えていた腕から力を抜いた。
「じゃあしょうがない。レオ君の為に気付かなかったふりしとこう。レオ君の為に」
「あれ…?何でこっちがわがまま言ってるみたいになってるの…?」
体調が戻り切っていないのだから待機しているべきという至極真っ当な指示のはずなのに、何故か聞き分けのない意見を結理の方が折れてあげたという空気になっていて、レオは心底不可解そうに首を傾げる。
そんなレオを見た結理は、小さく噴き出して笑みをこぼしてから、ふと思いついた様子で言葉を口にした。
「……あ、待機してていいんならもうちょっと作ろうかな?」
「いや止めときなよ!!さっき死にそうな顔色してたぞ!?」
「えー?平気だよぉ。いつものことだし」
「……あのな、」
笑いながらさらりと即答する結理に思わずため息をついて、レオは先程よりも少しだけ力を込めて、少女の両手をしっかりと握った。再度手を握られた結理は、怪訝そうな面持ちでぱちぱちと瞬きをする。
そんな少女をレオは真っ直ぐに見つめた。
「前から思ってたけど、ユーリは自分のこと大事にしなさ過ぎ」
「……そうかな?」
「自覚ねえのかよ…!!」
不思議そうに首を傾げた結理の回答に、レオは愕然とするしかなかった。
同時に納得もする。自分の優先順位を低くしている自覚がないからこそ、平気で無茶をしているのだと。
「そりゃあユーリは見かけより全然強いし頑丈かもしんないけど、それでも怪我したら痛いし貧血になったら倒れて動けなくなるししんどいだろ?」
「まあ……うん」
「そういう時は、無理しないで休んでいいんだよ」
「…………」
はっきりと告げられた言葉を、結理は吟味するようにしばらく黙った。レオも少女から目を離さずに待つ。
やがて結理は、うつむくように肩から力を抜くと、そのままベッドに横たわった。
「ユーリ…!?」
「……わたしね……何て言ったらいいんだろう…?休むのが下手っていうか……誰かに頼るのが下手みたいなの」
「自分じゃいまいち分かんないんだけどね」と苦笑を漏らしながら、結理は目を閉じて続ける。
「だから…そうゆう風に言ってもらえると……少し、助かる」
目を閉じたまま息をつく少女の声には、まだ少しだけ疲労の色があった。まるでそれを誤魔化すように、結理はまた苦笑する。
「……ちょっと甘え過ぎだよね」
「そんなことないよ」
即答したレオは、少女の頭をそっと撫でた。
嬉しそうに、くすぐったそうに笑みをこぼしたきり、結理はそれ以上言葉をこぼすことはなかった。
了
2024年8月11日 再掲