幕間:血晶石
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「……さて、始めますか」
鉄剤を牛乳で流し込んでから一息ついて、結理は脱いだコートのポケットから装飾の彫り込まれた小刀を取りだした。鞘から抜いて何となく刃紋を眺めてから、刃先を掌に当てる。掌を十字に切って、血が溢れ出す前に反対の指で十字の中心に触れ、すっと小さく息を吸い込んで言葉を紡ぐ。
「我 血の盟約により 時の理に逆らいし紅き模造魂(うつしみ)を生み出さん」
囁くように呪文を紡ぎながら指を離すと、指先を追うように赤い糸が伸び、中心で渦を描くように球体の形を取って落ちた。ビー玉サイズの鮮血色の石は床に置いた枕の上に落ちて転がる。それを見届けた結理は血の滴る掌を下に向けて、開いた手で手近にある牛乳瓶を持った。
(二日……いや丸一日でどんぐらい作れるかなあ…?おっきいのも何個か作りたいし……)
「まあ……流れで」
締めくくるように独り言を漏らして、結理は持っていた牛乳を呷った。
籠ると宣言した通り、結理はその日も次の日も、仮眠室から出てくることはなかった。
「…………」
「クラーウス、君は植物に紅茶をあげるつもりかー?」
「っ!すまない……」
指摘され、手に持っていたのが如雨露ではなくティーカップだったことに気付いて、クラウスは慌てて持ち替えた。指摘したスティーブンはそんなクラウスを見て苦笑を漏らし、その様子を眺めていたレオもやっぱ心配になるよなあと胸中で呟く。
「気持ちは分かるけど、仮眠室で作業をしてるんだ。異常があったらすぐに対応できるよ」
「それは、そうなのだが……」
「まあそろそろ時間だし、様子でも見に行くか」
苦笑したままクラウスに提案したスティーブンが立ち上がった直後、室内に着信音が鳴り響いた。電話に出たスティーブンは内容を聞いて顔をしかめる。
「旧パークアベニューで泥状の異界存在が暴れているそうだ。道路や排水溝にまで広がって被害を拡大させているらしい。このまま放っておいたらHL中の水が泥に汚染されることになるぞ。あー少年、」
出動の支度をしながら、スティーブンがレオに視線を向けた。
「待機ついでに結理の様子を見に行ってくれ。いつもの通りなら補給も切らしてる頃合いだ。この件のことは伝えなくていい」
「はい」
「ユーリ、起きてる?」
牛乳瓶を一本持って、レオは仮眠室を訪れていた。声をかけながらノックをするが、五秒待っても十秒待っても返事はない。
「入るよ?…ユーリ…!」
一応声をかけてから扉を開けて中を覗き込んだ。ベッド上で多数の空き瓶の隙間に入るように結理がうつ伏せに寝ていて、ベッドの外に出した手の下には、いくつもの赤いビー玉のような石が転がっている。レオは空き瓶や石を踏まないように避けながら少女の側に寄り、肩に手を置いた。触れた体温の低さに心臓が縮まったような感覚を覚えつつも、結理の肩を揺する。
「ユーリ、ユーリ!」
「……ぅ……ん……あれ……レオ君…?」
何度か揺すって声をかけると、結理は小さく呻きながら顔を上げた。顔色は白に近く、レオを見る目も若干焦点が合っていない。
「どうしたの?何かあった?」
「スティーブンさんに様子見てきてくれって頼まれたんだ。ほら、」
「あー……ありがとう……」
差し出された瓶を受け取り、結理は中身を一気に呷った。飲み干して深いため息をついた時には顔色は大分良くなっていたが、表情にはまだ疲れの色が濃く浮かんでいる。
「うへぇ……飛ばし過ぎた……」
「やっぱ無茶してたな」
「程々にやるつもりだったんだけどねぇ……ついノっちゃって……」
指摘されて苦笑を返しながら、結理は赤い石を一つ拾って口の中に放り込んだ。硬い物が砕ける音がした直後に、少女の顔から疲労の色が薄れる。