幕間:偏執王との邂逅
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「やっほ~ユーリ~!!」
「え?っ!!?」
無邪気に手を振って名前を呼ぶ女を見て、結理は思わず身構えた。だが相手はそんな少女の様子にお構いなしに、仮面で隠れていても分かるほどの、花が舞いそうな笑顔で近くまで来ると両手を握ってぶんぶんと上下に振る。
決して油断しているわけではないのに、何故か彼女『達』は結理の間合いにあっさりと入ってくる。その対策法は未だに無い。
「ね~今暇~?暇だよね~お茶しながら恋バナしよ~!」
「……いやいやいやいやちょっと待ってください」
道端で友人にでも会ったような調子で言ってくる相手、偏執王アリギュラに手を握られたまま、結理は全力で首を横に振った。
「何で普通にいるんですか。というか何しに来たんですか…!?」
「だ~か~ら~恋バナしよ~ってば~」
「いやあの、だから」
「それともフェムト呼ぶ~?」
「ぜひ恋バナしましょう」
「決まり~」
即答で態度を翻す結理に、アリギュラは最初に会った時と同じにんまりとした笑みを浮かべた。
何処に向かうのかと警戒していた結理が連れて行かれた場所は、以前訪れたことのあるレストランだった。嫌な記憶がよみがえり、自然と眉間にしわが寄る。
(何ここ…!『13王』御用達なの…!!?)
「ユーリは恋してる~?」
「え?あー……してないですねぇ……そんな暇もないですし」
「も~ったいな~~い!」
「……はあ……」
何故女の子は恋バナでこうもテンションが上がるのだろうかと、結理は同性でありながらいまいち理解できず、曖昧な返事をすることしかできなかった。
そんな結理に気付いていないのか気にしていないのか、アリギュラは注文した紅茶に次々と角砂糖を放り込んでいきながら、先程よりは多少落ち着いた様子で続ける。
「やっぱ~違う世界とか気にしてんの~?」
「そうゆうのは気にしたことないですね。別に帰る世界があるわけでもないですし」
「吸血鬼だからとか~?」
「まあ……人外要素は多少気にしてますけど、HL(ここ)ならそこまでは……」
「え~?じゃあ何で~?恋しないの~?」
「何でって……そうゆう人に出会ってないからとしか……」
「男と寝たことはあるんでしょ~?」
「…っ!」
ストレートな質問、というよりは断定に結理は無表情になった。口に含んだジュースは噴き出さないように止まれたが、数秒程石にされたように固まってしまった。アリギュラはテーブルに肘をついて、そんな結理を楽しげに眺めている。
結理はどうにかジュースを飲み込み、顔を引きつらせないように努力しながら相手を見た。
「……それも堕落王ですか?」
だとすれば見つけ出して殴るだけでは済ませられない事態なのだが、アリギュラからの返答は肯定ではなかった。
「女の勘~」
「成程」
それでは誤魔化せないなと、結理は息をつく。
「確かにその手の経験はありますけど、それも恋してたとか付き合っててとかじゃないですよ」
「寂しかったからとか~?」
「色々ヤケになってたんです。でも今はもうそうゆうことはしてないです。ヤケになってたのもかなり昔の話ですし」
「へ~」
話してから結理は、一体自分は何をしているんだと何とも言えない気持ちになった。話相手はあの堕落王フェムトと並ぶ稀代の厄介者の、偏執王アリギュラだ。本来ならこうして向かい合って恋の話に花を咲かせている場合ではない。即座に拘束して然るべき所に突き出すべきだ。
だが結理にはそれはできなかった。行動に移してはいけないと、下手に手を出せば消されるのは自分の方だと、『本能』が告げている。予言めいた予感を告げてくる時もあるそれに背いて、うまくいったことはない。
「じゃあ~、身近でいないの~?男なら揃ってるでしょ~?」
「そんな聞こえの悪い……みんなはそうゆう対象じゃないですよ。確かに大切な人達ですけど、恋愛対象とは違います」
「あのお坊ちゃんは~?」
「クラウスさんは尊敬する人です」
「義眼のガキは~?」
「レオ君は大事な同僚で友達です」
「銀髪のサルは~?」
「ザップさんはシルバーシットな先輩です」
「傷のは~?」
「スティーブンさんは……って、何一人一人の評価させてるんですか!」
「オフィスラブとか素敵じゃない~?」
「勘弁してくださいよぉ……」
畳みかけるような『攻撃』に、結理は疲れ切った様子でがっくりとうつむいた。
「アリギュラさんこそ……って、愚問ですよね…あんだけの騒動起こすんですもん……」
「え~アタシの恋バナ聞いちゃう~?」
「……まあ、それで満足してくれるんなら……」
いい加減話の中心がこちらにあるのも辛くなってきたので話を振り返すと、アリギュラは満面の笑みを浮かべた。
聞くだけならばまだいいだろうと思っていた結理は、この五分後に後悔することになる。
「ちょ~楽しかった~!また話そうねユーリ~」
「……はぃ……」
レストランを出た頃には日はすっかり暮れていた。確か入ったの午前中だったよね…?と思いながらも、ノンストップで延々恋バナを聞かされて疲労が勝っている結理は、満足そうににこにこ笑うアリギュラにか細い返事をすることしかできなかった。
「あ~そ~だユーリ~」
「何ですかぅわ……!」
まだ何かあるのかと顔を上げた結理は、突然抱きしめられて言葉を失った。抱きしめた張本人であるアリギュラは、しばらく感触を確かめるように小柄な少女の体を愛撫し、黒髪に指を絡ませる。
甘い匂いがふわりと鼻をくすぐり、伝わってくる温もりを感じて、されるがままの結理の頭に、ああ、この人体温あるんだ…と現実逃避気味な感想がよぎった。それからようやく我に返り、戸惑いながらも尋ねる。
「……っ……あの……これは一体……」
「いつでもこっち来てい~からね~?アタシもフェムトも大歓迎~」
匂いと同じ甘い声が耳元から流し込まれた。結理が戸惑っている内にアリギュラは離れ、最初と同じように手を振った。
「じゃ~またね~」
ぱたぱたと走り去っていく姿は、雑踏に紛れた次の瞬間には消えていた。残された結理はしばらく呆然と立ち尽くしていたが、やがてその場にしゃがみ込んでしまいそうな勢いで大きくため息をつく。
「……いやいや、何があってもそっちには行きませんよ……」
返せなかった返答を呟き、少女は偏執王が消えていった方角とは逆の道を歩き出した。