幕間:戦いの後、新たな決意
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時間にして五分もかからずに、治療は終わった。
「……はい、終わりました。ああでも、念の為一週間ぐらいは『門』の外には出ないでください。傷開いちゃうかもしれないんで」
「ありがとう。腕が動かしづらくて参ってたんだ」
「本当は術で治すより普通に療養してる方がいいんですけど、そうもいかないですよねえ……」
ぼやきながら、結理はベッドに腰掛けたまま書類の束を手にとって目を通した。個室とはいえライブラの事務所外へ持ち出しているのだからと予想した通り、機密性はそう高くない書類ばかりだったので、いつものように期限と部類順に揃えていく。
「君まで仕事する必要はないだろ」
「暇なんです。あ、これの資料集めレオ君に頼んでいいですか?前に『外』の記者仲間でこの手の情報詳しい人いるって言ってたんで、その線で当たってみたいです」
「うん。確かにそれは『外』からアプローチをかけた方がスムーズに進むだろう。指揮は君に任せるよ。進展があってもなくても、報告は逐一入れるように」
「了解しました。あ゛……これザップさんがネタ掴んだってこの前言ってましたよ?報告してないのか…?」
「どれ……ああ、それはチェインが裏を取ってる最中だからひとまず置いといていいよ。けどザップからは何の報告もないな……」
「その後バタバタしてたから忘れたんですかね?ザップさんって言えば、この間出してきた報告書の束見ました?まあた古文書ですよ…!まあでも、最近はレオ君が一緒に作成してくれることもあるから、多少マシになってきましたけどね」
「本当に、君や少年が来てから奴の報告書は大分読める代物になったよ。昔なんてもっと酷かったんだ」
「あれよりですか…!?あの癖字が直ればもうちょっと……いや、文体も…やっぱ全部ですね。あれ?パトリックさんから予算追加の嘆願書来てますよ?こっちの領分でしたっけ?」
「え?あー…経理担当のが混ざってたのか。お嬢さん、悪いが……っと、事務所じゃなかったな。チェインが来た時にでも頼むか…急ぎかい?」
「いえ、問題ないです。パトリックさん的には急ぎでしょうけど」
即答してから、結理はこっそりと深くため息をついた。少し瞼が重いが、まだ問題ないし放っておけると思い、書類整理を再開する。
けれど、それを放っておかなかったのはため息に気付いたスティーブンだった。
「もうそれくらいでいいよお嬢さん。そこまで急ぎって訳じゃないし、君も疲れただろう」
「……まだ大丈夫です」
「僕等の退院が早まっても、君の入院が伸びたら意味がない。それとも、クラウスやK.Kに叱ってもらわないと休めないか?」
「あ、ずるい……」
絶対に突っぱねられない手札を切られ、結理は拗ねた顔で振り向いた。こちらの表情を予想していたらしく、スティーブンは微笑ましげに、少しだけ楽しげに少女を見ている。
「本当は傷を治してもらっただけで十分だったんだ。ありがとう、助かったよ」
「……あんまり無理しないでくださいね?」
「無茶をおして倒れまくる君にだけは言われたくないなあ……」
「く…!あーでも、仕分けだけやらせて下さい。あとちょっとなんで」
それだけ言い置いて、結理は返答を待たずに残りの書類に目を通し、まとめたそれらを元あったラックに置いてベッドから下りた。着地した時によろけたものの、転ぶこともなく両足はしっかり地についている。何でもない風を装っているが、完治していない体で二人の怪我を治療した疲労は表情に出ていた。
そして、その疲労のせいか別の感情も僅かにだが表に出ている。
「じゃあ……戻ります」
「結理、」
「何でしょう?」
「長老級の血界の眷属を相手取ってどうだった?」
「……っ……」
問いかけに、結理は驚いたように目を丸くした。それから一度ゆっくりと瞬きをしてからやや気まずげに眼を泳がせて、思案するように、葛藤するように視線を下げた。
「……悔しかったです」
顔をしかめて答えながら、結理は緩く拳を握る。
「今までだって格上にボロカスにされたことはありますし、驕ってたつもりもなかったです。でももっと楽に渡り合える……って言うとちょっと違うけど、勝てなくても負けはしないと思ってました。相手は吸血鬼で、『同族』だから殺せないはずがないって。けどそれが驕りだったんですよね」
淡々と喋っていた少女の声に、徐々に感情が乗ってきた。その自覚があるのかないのか、結理はいつの間にか強く拳を握っていた。
「技が通じない以前に、刃すら届かなかった。戦いにもならなかった……絶対に勝てないって思わされた…!わたし(『同族殺し』の血を持つ者)にとって、こんな悔しいことはありません…!!」
言葉の通り悔しげに、苦しげに唸り、震える程強く拳を握り締めて思いを吐き出した結理は、不意にその表情と拳を緩めた。うつむき気味だった顔を上げた時には、少女の表情は落ち着いていた。
「……でも、クラウスさんが来て、血界の眷属を封印した時、目の前が開けたように感じたんです。どれだけ強くても絶対に勝てないなんてことはない。悔しがってる場合じゃないって、思いました」
自身に言い聞かせるように言い放つ少女の表情には、敗北の悔しさは消え去っていた。
あるのは射抜くように強く、地に根を張るように揺るがない意志だけだ。
「次は絶対に、わたしの刃を届かせます」
「……本当に勇ましいな君は」
「ありがとうございます」
「褒めたつもりじゃないよ」
「あはは……」
若干呆れた様子でため息をつかれた結理は、気が抜けたように苦笑を漏らした。つられるようにスティーブンも笑みをこぼし、決意表明をした小さな戦士の頭を撫でる。
「まあ、お嬢さんがあれでくじけるとは僕も思ってないよ。ただ悔しさをバネにするのと、焦るのとは違う」
「……ぅ……」
「やけに何かしたがると思ったらやっぱりか。君はただでさえ無茶をしがちなんだ、休むべき時はしっかり休むこと。それも次へ繋げる重要な工程だ」
「……はい」
思い切り見透かされている言葉に、結理は思わず気まずげに唸りながらも、しっかりと頷いた。
了
2024年8月11日 再掲