幕間:少年と少女の出会い
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ぎゅ~……にゅ~……」
店に入ってカウンターに突っ伏すなり、黒髪に活発そうな服装と薄手の黒いサマーコート姿の少女はオーダーなのか呻いているのか分からない声を上げた。
「ハイ、ユーリ。昼間からお疲れだね」
ユーリと呼ばれた少女はのろのろと顔を上げると、店主の娘に笑いかけた。顔色は青いを通り越して血の気がないが、それを一瞬忘れさせるような力が笑みにはあった。
「あ~……ハロービビアン、久しぶり~」
「久しぶりって……昨日も来たじゃんか」
「……あーうん、そうだったそうだった。というわけでいつもの大ミルクで」
「はいよ」
店主の娘と談笑していた少女は、オーダーを終えると不意に隣に座っていたレオナルドの方を向いた。ちょうど顔を向けてしまった所で目が合ってしまって思わず身じろぐが、少女はにこりと笑って少しだけ距離を詰めた。
「お兄さん初めて見るけど、この街初めて?」
「いや、もう3週間はいるよ。君は?」
「わたし一之瀬結理。結理の方が名前ね。お兄さんは?」
「……あ……僕はレオ、レオナルド・ウォッチ」
「カッコいい名前ー……」
「そ、そうかな…?」
街の滞在期間を聞いたつもりだったが違う返答をして、結理と名乗った少女は人懐っこい笑みを浮かべた。黒い瞳は好奇心いっぱいに輝いている。
その瞳を見て、レオナルドは首を傾げた。黒だと思った結理の瞳だったが、その認識に違和感を覚えた。
「お兄さん?どうしたの?」
「え?あ、いや……」
「はい、大ミルクおまち!」
「ありがとうビビアン。いただきまーす!」
満面の笑顔で大きなジョッキに並々と注がれたミルクを一気に飲み干す小柄な少女が、彼女自身よりもはるかに巨体の持ち主を軽々蹴り倒す超人で、更に秘密結社『ライブラ』の一員だとは、この時のレオナルド・ウォッチには知る由もなかった。
「……ぎゅ~……にゅ~……」
「またかよユーリ……」
「あ~……レオ君お久しぶり~」
「昨日も会ったろ。ほら」
「……あーうん、そうだったそうだった」
貧血で蒼白に近い顔色をしている結理は、レオの言葉にへにゃりと笑い、差し出された牛乳瓶を受け取って一気に呷る。
空になった瓶をテーブルに置く頃には、少女の顔色は年相応に健康的なつやを見せていた。
「ふはー…!生き返ったー」
「牛乳で貧血治るってすごい体質だよね」
「まあ、牛乳と血はほぼ同じ成分っていうしね」
何でもないように言う結理は左右で色の違う瞳でレオに笑いかけた。宝石のような柘榴と翡翠の瞳は目立つから黒に見えるようにしているのだと言ったが、レオの『眼』は一度認識してしまって以降本来の色でしか見えなくなっている。
「結理、復活したんならこっちの仕分けやってくれ」
「はーい!」
スティーブンの要請を受けた結理は即座に立ち上がってデスクに駆けて行く。
「なーに見とれてんだよ陰毛頭」
「うわっ!?」
そんな結理の姿を何となく目で追っていると、後ろから覆いかぶさるような重さがかかった。首だけ振り向くと視界の端に予想通りの銀髪が映った。
「別に見とれてたわけじゃ……つか重いんですけど…!」
「あのつるぺたに惚れたか?やめとけやめとけ。あいつああ見えてもガードかてえぞ」
「何でそんな話になるんですか。ユーリの目のこと考えてたんですよ」
「目?お前にも……ってその『眼』で見えねえわけねえか」
「あれ?じゃあザップさんにも赤と緑で見えてるんですか?」
「当然だろ」
何故か得意げに即答して、ザップはレオを捕まえたままソファにどっかりと腰をおろして結理の方を見た。話題の中心にいる本人は、気付いた様子もなく山のように積み上がった書類を処理している。
「あの色替えは一種の防御術らしくてな、その術とあいつが許した奴にしか元の色に見えねえんだとよ。ライブラの中でもあいつの目が色違いに見えんのはほんの一握りだ」
「へえ……ザップさんはどんぐらいで見えるようになったんスか?」
「そりゃもう即行に決まってんだろ!ここだけの話、番頭なんか旦那とおんなじ時に会ってんのにしばらく」
「ザップさんが単純だからだよー」
「うるっせえよつるぺた!!」
「誰がつるぺたですかこのSS!」
「てめえ以外のだれがいんだよ貧乳女!」
レオの指摘にザップが言い返す合間を縫うように、結理が書類とにらめっこしたまま言葉を滑り込ませた。ザップが即座に噛みつくと、結理も顔を上げて言い返し、そこから罵詈雑言の応酬が始まる。止めることは即座に放棄して、レオは口喧嘩をしながらも書類仕事は止めない結理を器用だなあと思いながら眺めた。
初めて彼女の黒い瞳を見た時は、違和感こそあったがそれ以上はレオの『眼』でも何も見えなかった。完全ではないにしろ『神々の義眼』すら欺くほどの術は、レオが身の上を話した直後にあっさりと解除された。
それはつまり、
(信用されたってことか……)
まだ付き合いの浅い自分を随分簡単に信用するなと思うと同時に、何だかむずがゆくなった。ザップの口ぶりから無防備で無警戒というわけではなさそうだし、同じ組織に属する年の近い少女に信用されて、悪い気はしない。
「てめえは何一人でニヤニヤしてんだよ!!」
「いだっ!」
「ちょっと!レオ君巻き込んだら可哀想じゃん!!」
レオが再度後ろからザップにのしかかられると、結理はとうとう立ち上がってデスクを飛び越えた。
そうして始まった三人のじゃれ合いは、貴重な事務処理係を取られたスティーブンの、「いい加減お嬢さんを返してもらえるかな?」という氷点下の一言が放たれるまで続いた。
了
2024年8月11日 再掲