異界都市日記10
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「――で、その犯人は未だ逃亡中と」
「はい……」
報告を聞き終えたスティーブンは、「ふうん」と息をついて渦中の二人を見た。
足を広げてソファに座って盛大に顔をしかめている結理と、ちょこんとソファに腰掛けてしょんぼりとうなだれているザップ。
知らずに見れば、いや知っていても中々違和感が強い光景で、最初に執務室に入ってくるなり中身は結理なザップに泣きつかれたスティーブンは、反射的に凍らせかけたほどだ。
「精神を入れ替える作用のあるガスねえ……まあHLは基本的に何でもアリだ。そういった代物があってもおかしくはない……呪いの類の可能性もあるが」
「……多分違うと思います。その手の気配はしなかったんで」
「すいません、僕のせいで……」
結理に負けない程うな垂れながら、レオが謝罪の言葉を口にした。何やら怪しげな事を企てている気配のあった異界の者達を取り押さえようとした際に、『義眼』を駆使して視界の補助を行っていたレオに彼等が狙いを定め、同時にそれに気付いたザップと結理が運悪くぶつかってしまったのが、今回のきっかけとなっている。
「レオ君のせいじゃないよ!ザップさんがいきなり割り込んでくるからこうなったんだもん!」
「ああ?そりゃこっちの台詞だ!てめえがヘッドバッドくらわしてこなけりゃこんな間抜けな事にはなんなかったんだよ!お得意の感知が何仕事サボってんだ!」
「あんなスピードで突っ込まれて避けられるわけないでしょ!!?だいたい!どう見たってわたしの方がレオ君に近かったでしょうが!どんだけレオ君大好きなんですか!?」
「はあ!?こんな糸目童貞陰毛頭大好きな……ん……て……」
入れ替わってもいつもと変わらない言い合いの途中で、突然結理の外見のザップが言葉を途切れさせ、その場にばったりと倒れた。ザップはいきなり動けなくなって訳が分からないといった様子で、目を白黒させている。
「ユーリ!じゃなくて…ザップさん?どうしたんですか?」
「な……何だこれ…?」
「あー貧血ですね。さっきドンパチして補給してなかったんで。でもちょうどいいです」
動けない理由に答えながら、結理は不思議な気持ちを抱えつつ自分の体を持ち上げ、驚いたように目を丸くした。
「えー軽っ……普段何食べてんですか?」
「てめえの体だろうがつるぺた…!」
「あ、逆か。ザップさんが腕力あるってことですね。おー軽いー…!」
普段できることのない体験に表情を輝かせながら、結理は自分の体を少し大げさに持ち上げてからソファに寝かせた。何だかんだでこの状況を難なく受け入れている結理に、面々は苦笑やら戸惑いやら様々な感想を抱く。
「とりあえずわたし……いや、ザップさん?まあとにかくこれはこのまま放置しといてください」
「放っておいて大丈夫なのかい?」
「死にはしないです。補給しなくても安静にしてればゆるやかーーーに回復しますし。下手に動かれて変なとこ触られる方が嫌です」
「誰が好き好んでてめえみてえなつるぺたに触んだよ…!!それともお望みなら調kいでっ!!」
「言わせねーよ!?」
「結理さん、自分の体殴ってますよ」
「大丈夫だよ別に。これでも頑丈だし」
「しかしレディの、ましてや自分自身を傷つけるという行為はよろしくない」
「う……ごめんなさい……」
「……ふふふ……」
クラウスに諌められた結理がしゅんとしながら謝り、しおらしいザップという姿を見た何人かが遠慮なくドン引きしていると、不気味な笑い声がソファ辺りから聞こえてきた。
「ザップさん、ユーリの体でそんなヤバい顔しないでください」
「知ってんだぜぇ結理……」
心底嫌そうに言い放つレオはスルーして、ザップは青い顔で勝ち誇った笑みを浮かべる。
「てめえがいつもここに非常食仕込んでるってことはなあ…!!」
言いながらコートのポケットに手を突っ込んだザップだったが、予想していた血晶石の感触が無く、虚を突かれた様子で固まった。今度はその様子を見ていた結理が、にやりと勝ち誇った笑みを浮かべる。
「残念でしたー!コートは術式組んで四次元ポケット仕様になってるんでわたしじゃないと取り出せませーん!!」
「くっそー……!!!」
「何か違和感なくなってきましたね……」
「ケンカする時は同レベルになるからな、あの二人」
動けずに悔しげな顔をする結理と、それを見下ろして得意げな顔をするザップという、絵面だけで見れば確かに普段のやり取りとそうは変わらない光景に見える。
そこにチェインの一蹴りでも入れば日常だと誰かが思った直後、狙っていたようなタイミングでチェインがテラスから入ってきた。彼女の着地地点を察した結理が慌てて避けると、チェインは驚きと嫌悪に顔をしかめる。
「銀猿が……避けた…っ!?」
「……レオ君……チェインさんに最優先で連絡してって言わなかったっけ…!!?」
「ご、ごめん…!つながんなくてそのまんまになってて…!僕が悪かったからザップさんの顔でそうゆう顔すんのマジ止めて!!」
「?」
「ザップと結理の精神が入れ替わってしまっているんだ」
「……ああ成程」
「え、納得するの早いですね?」
「ちょうどそういう情報持ってきたから」
あっさりと状況を受け入れたチェインに驚いていると、彼女は即答してクラウスとスティーブンに向き直り、持っていた書類を手渡した。
「3時間前に諜報部が入手した情報です。31番街の外れで集団昏倒事件があったんですが、被害者の全員が人格をシャッフルされているそうです」
「31番街って……さっき僕等がいた場所じゃないすか!」
「どうやらそのガスの『実験』を行っていたようだな。そんなものが広まればとんでもない混乱が起きるぞ」
「あの球根頭とっとと見つけないと、ですよね?つるんでた奴らにも逃げられちゃったし」
「ああ。だが君とザップはここで待機だ」
「えええええええ!?何でですか!?」
「何でも何も、その体じゃまともに動けないだろう」
「いや、でもザップさんならともかくわたしなら行けますよ!探知もできますし」
「結理さん、」
待機を命じられて食い下がろうとする結理に、ツェッドが声をかけた。その顔は真剣で、静かな闘気を宿している。
「一刻も早く元に戻りたい気持ちは察します。ですが慣れない体で動いてもし、死んでしまう程のダメージを受けたらどうなってしまうか分かりません。ここは僕達に任せてもらえませんか?奴らは必ず捕まえますから」
「……ツェッド君……!!」
「あ、すみません、できればこっち見ないでください。兄弟子の顔でそんなキラキラした目をされるとちょっと……いやかなり気持ち悪いです」
「ツェッド君物腰やわそうでそこそこ辛辣だよね…!?」
感動しかけた所に容赦ない言葉を投げつけられ、結理は仕方がないと分かっているものの泣きそうに顔を歪めた。