異界都市日記9
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「……っ!」
『それ』に最初に気付いたのは結理だった。
ばっと顔を上げた次の瞬間には、ダイナーの天井が盛大に崩れ、巨大な何かが降ってきていた。
結理は即座に隣に座っていたレオの襟首を引っ掴んで大きく飛び退いた。逆隣に座っていたツェッドは、素早くカウンターの向かい側にいたビビアンを抱えてその場から離れる。
「!!」
だが、大きな瓦礫がツェッドの背中に当たり、大きくバランスを崩した。放り出されたビビアンを結理が受け止めた時には、ツェッドの上に巨大な何かが落ちてこようとしていた。
「ツェ…」
「――斗流血法・カグツチ」
レオが叫ぶよりも、結理が助けようと動くよりも早かったのは、ザップだった。
「刃身の弐・空斬糸」
落ちてきた何かが赤い糸で縛り上げられ、一瞬動きが止まる。
「赫綰縛」
その一瞬でツェッドは脱出し、次の瞬間には今までツェッドがいた位置に巨大な何かが、重さに耐えきれずに落ちて床を潰した。
ザップはツェッドの無事を確認すると、顔をしかめて指をさす。
「…手間かけさせるな、魚類!!」
「ありがとうございます」
素直にお礼を言われることは予測していなかったらしく、ザップは困ったような虚を突かれたような、何とも言えない表情で黙ってしまった。先輩の珍しい表情に、その様子を見ていたレオが思わず噴き出して笑うと、思い切り拳骨を落とされる。
「おうおう!何だオメエら!」
八つ当たり気味に瓦礫を飛び越えて騒動の元凶らしい相手を見に行くと、そこには見知った顔がいた。
「…!?へ?旦那…!?」
声に反応してザップとツェッドの存在に気付いたクラウスは、拳を握りしめたまま二人に要請を飛ばす。
「調度良かった…!!手伝ってくれ給え、二人とも!!」
ダイナーの外の通りは同じ姿をした数え切れないほどの異界人で埋め尽くされていて、彼らは全員先程ダイナーに降ってきたものと同じものを武装していた。
「……あ~…」
「…はい、分かりました…」
大体の事情を察した二人は、力無く頷くしかなかった。
「うわあ……何だあれ……って、ユーリ?」
一方で、何やらとんでもない事態になっていることに顔を引きつらせたレオは、座り込んでいる結理がうつむいたまま動こうとしないことに気付いた。ちょうどクラウスからは死角になっていて見えなかったので要請はなかったが、普段の彼女なら真っ先に飛び出している状況だ。まさか自分を助けた際にどこか怪我をしたのかと思って駆け寄るが、見た所負傷はしていないようだ。
「ユーリ……大丈夫?」
「……ごはん……ようやく……ごはん……だった……のに……」
小声で呟きながら、結理は静かにコートのポケットに手を入れて血晶石を取り出し、いつものビー玉サイズではなくミディトマトぐらいあるそれを一口で入れると、ばりばりと噛み砕きだした。ガラスでも食べているような咀嚼音と素人でも分かるほど殺気だっていく結理から、レオは冷や汗を流しながらそっと離れる。
レオの『眼』に映る少女のオーラは、恐ろしいほど膨れ上がっていた。
やがて、大きな音を立てて飲み下してゆらりと立ち上がった結理は、とんと軽い音をたてて、だが辛うじて無事だったダイナーの床を彼女の足の形に凹ませて、乱闘の中へと加わって行った。
「食べ物の………ううううううらああああああああみいいいいいいいいっ!!!!!!!」
獣のような咆哮を上げながら赤と緑のオーラを迸らせる結理の姿を、レオはしばらく忘れることができなかったとか……
「っ!結理、君もいたのか」
「ええいました。とりあえずこいつらぶちのめせばいいんですね?」
「ああ。千人いるそうだが全員制圧する」
「了解しました」
「……あの殺気に気付いてないんですか…?」
「いやー……やる気がみなぎってるって勘違いしてんだろ」
その後、騒動が治まるまでの約20時間、彼等は食事にありつくことができなかった。
「……っ……」
どしゃりと音を立てて、結理はその場に座り込んだ。もう冗談も悪態も懺悔も、涙すら出てこない。頭の中は疲労も貧血も撥ね飛ばして空腹の二文字で埋め尽くされている。レオとツェッドも似たような憔悴しきった面持ちで座り込んでいて、ザップに至っては倒れ込んでいる。
「け…けんかいた…っ!!いっほもうこけん…!!」
(疲労のあまり濁点が発音できなくなってる…)
「やっぱりあの時素直に食べてれば」
「ひうなっほれをひうな…っ!!」
会話に加わる気力もなく、ただひたすらにうつむいている。だが思考だけは止まらずに回転を始めた。この現状を打破する方法を、空腹の文字を押し退けて弾きだしていく。
「とにかくひっひゅんてもはやくはいひょのひほふひをほうひほめるのは……」
結論に達して、結理は顔を上げた。
「……ほほら…っ!!」
四人がなだれ込むように駆け込んだのは、最初に足を運んだ回転寿司屋だった。カウンター席に腰を下ろすよりも早く皿に手を伸ばして目に付いたネタを取り、言葉を発することなく同時に口に運ぶ。
「う…」
その一口は、今まで食べたどんな料理よりも美味に感じた。空腹は最大のスパイスとはいうが、そんな皮肉など今はどうでもいい。とにかく彼等は、求め続けた欲求をようやく満たすことができた。その喜びが、安堵が、感動が、全身に染み渡る。
「…う…わあぁぁぁぁぁぁぁん…!!!」
「な…っ!?どした兄ちゃん達!!サビ効き過ぎか…!?」
その号泣寿司は、色々な意味で忘れられないものとなった。
それから数皿食べてようやく落ち着いてきた所で、レオは隣のツェッドに気付いた。先程から彼が食べているのはいなりやサラダ巻きやアナゴなどで、ある共通点のあるものが取られることはなかった。
「おろ…ツェッドさんもしかして…」
「はい。ナマ魚苦手です。」
「…………!!」
「マジ…!?」
思わぬカミングアウトにザップは盛大に表情を引きつらせて絶句し、流れてくる寿司を片っ端から胃袋に収めていた結理はぎょっとしてツェッドを見やっていた。
異界都市日記9 了
2024年8月11日 再掲