異界都市日記9
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そうして四人がやってきたのは、中心街から少しだけ離れた場所にあるリストランテだった。値段は普段と比べると少し高めでそう頻繁に入れる店ではないが、その分店内の空気は穏やかで味も確かだ。
「やあいらっしゃい。今日は白身魚のいいのが入ってるよ」
「いつもすんませんね、アーティさん、シャーメインさん」
「何言ってんの。寛いでってね」
「昼間だけどこれはサービス」
「いやあ完全に反動ですなあ。贅沢ですなあ…」
「確かに、ランチにはちょっと贅沢だよね」
「でもアリですよアリ。ニンゲン食を疎かにしちゃいけません」
「凄くいい匂いですね」
ようやくまともに落ち着ける場所に入れて、四人は何となく浮足立っている。今日と言う日がとても長く感じたが、それももうすぐ終わりだ。
「いつもはそう気軽にこれるトコじゃないですけどね。何だか今日は奮発しちゃえるなあボク」
「いやー悪いなレオ。こんないいとこ奢ってくれるなんてよー」
「誰が奢るっつったんですか。ワリカンに決まってんでしょ」
「流石レオ君太っ腹ー」
「…出ましょうか」
「あー嘘ウソ冗談!むしろわたしが奢るから!」
「「え?」」
「うわしまった……」
そうしている内に料理が運ばれてきた。蠢く何かも人間の目線であり得ない毒々しい色もない料理の、温かで香ばしい匂いに食欲がそそられる。無駄な苦労をした甲斐がここで報われた気がして、知らず知らずの内に表情が緩む。
「うはあ…たまんないすね…!」
「じゃ、あったかい内に、」
「「「「いただきまああああああああす」」」」
ようやくありつける食事に四人が一斉に手を伸ばしかけたその瞬間、唯一その方向が視界の端に映った結理が顔を上げた。
「……あ、」
視界に映ったのは、角が硬そうなハンドバックを振りかぶっている女性だった。直後に派手な音を立ててガラスが割れ、その破片は四人がいるテーブル付近にまで飛んできた。
「キイイイイイイイイイイイアーティィィィィィィィィ!!!」
ガラスが割れた音と甲高い怒声は、四人の手を止めるには十分過ぎる威力を持っていた。特にその光景を思い切り見てしまった結理は、無表情で目を丸くしている。
「お…おお……どうされましたか?お嬢さん(シニョリータ)」
「はッ!やだやだ何その演技!」
「いや…あの……ちょっとこっちに来い…!!」
「……ヤバい予感しかしない……」
料理を取り分けようとした姿勢のまま、結理がぽつりと呟いた。その間にも聞こえてくる声は段々とボリュームが上がっていく。
「お前…酔ってるな?店には近寄らないって約束だろう…!!」
「アンタの方はどうなのよ!いつになったら奥さんと別れるの!?」
「ちょっと何よこの女!!」
「あらあら出たよ鬼嫁が。自分の旦那がベッドの中でどれだけ愚痴をこぼしてるか知ってるのかい?慰めるのが大変でさあ…」
「…どういう事よアンタ?」
「いや…なんだ…このお客さんは何か勘違いをなさってるようだね…あはははは…あはははは」
「下手な誤魔化しはやめな!目が泳いでるんだよ間抜け(シェーモ)!!」
「……た……食べよう!料理に罪はないから食べよう!!食べてとっとと出よう!!」
気を取り直すように、と言うより色々誤魔化すように結理が号令をかけ、真っ先に手を伸ばす。
だが、
「まとめて地獄に行っちまいなァ!!」
フォークが届く直前で、料理の上に真っ赤な雨が降り注いだ。
「…いやー……ドン引きでしたねえ…」
「そっかー…アーティさん結構…そっかーうーんそっかー…」
「あんな人の良さそうな顔してても……怖いなあ……」
「ザップさんも気を付けてくださいよ?女性関係…」
「うーん…」
ようやくまともな昼食をとれる、といった直前でそれが台無しになってしまったダメージは大きく、腹を鳴らせる四人の表情にはどこか覇気がない。けれど選択肢が全てなくなってしまったわけではない。
「よし、じゃああそこにしよう。ラーメン」
「霹靂庵ですか?」
「おうさ。何たってオヤジが頑固一徹。チャラチャラしてねえ」
「多少緊張感ありますけど味は間違いないっすね」
「賛成です、行きましょう!」
「てか俺もう限界です」
「俺もだ!!」
「僕もです」
「わたしもー……」
駆け出す四人は今度こそと表情を緩ませながら走り出した。
「おーう、いらっしゃい」
そうして出迎えてくれた霹靂庵の店主と店員は、頭のてっぺんからつま先まで真っ赤に染まっていた。間違っても、普段の彼等のスタイルではない。
「いやな、グリニコフファミリーヤだか何だか知らねえ奴らが地上げだ何だとうるせえからよ、今まさにちょっくら畳んでやった所よ」
真っ赤に染まっているのは店主達だけでなく、店内も同じだった。床に、カウンターに、壁に、無残に『畳まれた』赤い塊が転がっていたりはりつけられたりしていて、ぐらぐらと煮立っている鍋からはごつごつした手がはみ出していた。
店主が言うにはこれから幹部が報復に来るらしく、ちょうど今ダシをとったスープでもてなす予定らしい。
「一杯喰ってくか?」
問いかけに、四人は揃って全力で首を横に振った。
と、外からドスのきいた罵声が聞こえてきた。
「大将!!来やがりましたぜ!!」
「おーう返り討ちにしてやれァ!」
誰からと言うこともなく、四人は全力でその場から逃げ出していた。