異界都市日記8
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そんな凍てついた空気の中、ザップが緊張した面持ちのまま静かに口を開いた。
「ここまで云うからには師匠にもそれなりの考えがあるってことだろう」
自身に言い聞かせるようにそう言って、ザップは目の前の相手に集中した。攻撃の意思を気取られないように、あるいは攻撃の意思に反応した相手よりも早く動けるよう、慎重に術を紡ぐ。
「斗流血法――刀身のじゅ…う」
だが、技が発動するよりも真胎蛋が反応する方が早かった。避けられたのが奇跡的だと思えるほど、恐ろしい速さで伸びて来た刃のような牙のような触手は、ザップの心をへし折るには十分過ぎるほどの一撃を放っていた。
(……あ、ヤバい、ダメだあれ)
ぶわっと一気に冷や汗を流し出したザップを見て、結理は顔をしかめて胸中で呟いた。今の一撃で完全に彼の集中力が途切れている。集中しようと全力で努力している様子が見えたが、それが余計に焦りと雑念を生んでいるようで更に追い詰められているのが感じ取れた。
何か激励すべきか迷ったが、それは余計に追い詰める結果にしかならなそうで、ただ見守ることしかできない。
恐らくほぼ全員がこの状況はマズイと感じている中、その空気を裂くように突然着信音が鳴り響いた。
「はい。アンジェリカ?」
その持ち主であるチェインは、張りつめた空気もなんのそのといった様子で極めて普通に電話に出た。
「うん、うん、いや全然取り込み中じゃない。大丈夫ダイジョブどうしたの?」
(いやめちゃめちゃ取り込み中ですけど!!ザップさんがだけど!!)
「え?何?体が火照って仕方がない?今すぐあの銀髪褐色にメチャクチャにされたい。そんな気持ちで色々濡らしてる?」
そこから先は、特に女性が口にするには憚れる言葉が続いたが、チェインは涼しい顔で、そして大きな声で言い切った。
「っ!?っ!っ!!!」
「レオ君大丈夫。こんなんで顔色変えるほど可愛くないからわたし」
容赦のない下方向の発言を聞いたレオが結理に聞かせていいものかと盛大に焦った表情になったが、当の少女は平然と聞いていた。当然、音が遮断されている訳ではない結界の中にいるザップにも、チェインが発した言葉は全て届いている。
「うーんでも今ちょっとアイツ忙しいんだよ。いやマジでマジで。これから入院するか鬼籍に入るかするから諦めるっきゃないわーざーんねん」
言葉とは裏腹に軽い調子でそう言ったチェインは、通話を終えようとボタンに指を伸ばした。
「バイバーイ、じゃ~~~ね~~~」
一瞬、場の空気が止まった。
凍りついたのではない。静かな水面に一滴が落ちるが如く、空の王者たる猛禽類が獲物を捉えたが如く、あるいは遥か彼方の宙の上の静寂が如く、全てがほんの一瞬の緊張のような集中に支配された。
その一瞬で全ては終わっていた。真胎蛋の視覚器官は全て同時に射抜かれ、無効化されていた。それを成し遂げたのは、指から爪のような血刃を繰り出したザップだ。
「……何で神様ってああゆうのに才能全振りするんだろう…?」
感心した様子の師の横を抜け、チェインから電話を引っ手繰り、体の一部分を全力で起立させているザップを見ながら、結理は遠慮なくドン引きした表情で呟いていた。
何はともあれ、真胎蛋の無力化には成功した。
「オラ、拗ねてないで通訳しろ。結果オーライじゃないか。むしろお前、チェインに感謝すべきだぞ」
時報の合成音声と一方通行な睦言をひとしきり交わした後に、車の上で燃え尽きたように伸びてしまったザップにスティーブンが言い放つが、立ち直れないダメージを受けたザップは屍のように動かない。
「駄目っす。全く見える気配もないっす」
一方で、真胎蛋を『神々の義眼』で見つめているレオは、いつもならたちどころに見抜くことができる諱名を見ることができずに悪戦苦闘していた。
諱名を見ることができなければ長老級は密封することができない。
「真胎蛋が諱名も隠せる、って訳じゃないですよね?」
「それはない筈なのだが……」
「あースイマセン師匠どの。何言ってるか全然分からないんです」
「……っ?もしかして……心臓がない、って言いたいんですか?」
相変わらず音のような声で何かを言っている汁外衛に結理が問いかけると、汁外衛は正解だと言いたげにうんうんと頷いた。
「おぉ……当たった…!」
「結理……もしかして彼の言葉が分かるのか?」
「いえ、何となーくです」
「心臓がないってことは、半身欠損の本体は行動中なのね」
「…………おいちょっと待ってくれ…それじゃ…」
出た結論に、スティーブンが若干顔を青ざめさせながら、気付いてしまったことを口にする。
「ただ千切れた体の一部分が、俺達と正面から渡り合ったのか…?」
血脈門を抜けてやってきたのは、心臓を持つ本体ではなかった。それでいてまるで本体であるかのように戦闘を繰り広げ、周囲に被害を撒き散らした。
できれば外れて欲しいと思ったが、その半身と渡り合っていた汁外衛から返ってきたのは、サムズアップ付きの肯定の頷きだった。
「…どうやら正解の様よ」
「参るなー」
「本体来たらどうなるんですかこれ…?」
「ではその、本体は一体今どこに…」
「…………誰かが、連れてくるんですか?」
「…!?」
問いかけに答える汁外衛に、難しげに眉を寄せた結理が問い返したのと、ようやく復活したザップががばりと起き上ったのはほぼ同時だった。
「……何だって?」
「ザップさん?」
「弟弟子!?連れて来るって…どういう事だ!?」