異界都市日記6.5
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「もーーーー!!どうしてこうも無茶ばっかりするのこの子は!!」
「いだだだだだ…!K.Kさん痛い!痛いです!ちょ……何でチェインさんまでいたたたたたた!」
「いいお仕置きだ。重傷の原因が相手の能力でも何でもなく、限界以上に力を引き出した代償だったなんて……」
「先生が治せないって言った時はどうなるかと思ったんだからな!」
「どこまでバーサーカーなら気が済むんだよこのちんちくりんは…!」
「とにかく無事に意識が戻ってよかった。一時は本当にどうなる事かと……」
「うぅ……色々すいませんでした……」
それぞれから言葉を投げられ、結理は思わずうつむいてシーツを握り締めた。その際に傷が痛んだが、K.Kとチェインによる熱烈なハグでどこもかしこも痛む状態なのである意味気にならない。
意識を手放した後、腕を中心に体中の血管がはじけ飛んだような負傷をした結理は即座に病院に担ぎ込まれ、そのまま丸一日生死の境を彷徨っていたらしい。目を覚ました時に近くにいたレオが大号泣しだしたので何事かと思ったが、確かに泣かれても仕方がない状況だった。
結理に付きまとい、家族の幻影を見せて殺そうとした男はクラウス達の総攻撃により再起不能。調べた分だけ余罪がたんまりと出てきたらしいが、肝心のドラッグの出所だけはまだ調査中とのことだ。
そして、意識を取り戻したという知らせを聞いて駆け付けた面々に、大部分の負傷の理由が最後に使った小さな血晶石の反動であることを話し、現在に至っている。
「まあとにかく……しばらくは治療に専念すること。と言っても、その状態じゃ動きたくても動けないだろうけどね」
「あはは……休暇と思って休ませてもらいます……」
苦笑してから、結理は仲間達を見回した。
「本当に……ありがとうございました。みんなが助けてくれなかったらわたしは死んでました。感謝してもし足りないぐらいです」
「おーおーシュショーなこと言うじゃねえかつるぺた。だったら感謝の意として20ゼーぐっはぁっ!てめえ犬女!!」
「どこまで馬鹿なら気が済むのよ馬鹿銀猿」
「これに懲りたら、一人で突っ走るのをもう少し控えることだ」
「どーしてそういうイヤミなことしか言わないのよアンタは!いいユーリ?また何かあったらすぐに言いなさい?どこにいようがユーリに近づくクソ虫は撃ち抜いてやるんだから!」
「あははは………」
和やかで賑やかな空気に、結理は力を抜くように笑みをこぼす。
「…………」
その瞳の奥は、わずかに陰っていた。
「…………?」
意識が浮上して目を開くと、周囲は薄闇に包まれていた。少し休むように言われて横になった時はまだ外は明るかったので、それなりに時間が経っているらしい。
「っ!いたた…!うわっ!!」
今何時だろうと思いながら、結理は慎重に起き上がる。その際に体中が痛みを訴え出し、思わず身じろいだせいでバランスを崩してベッドから落ちてしまい、衝撃が新たな痛みを生んだ。
「~~~~~~~っ!!」
全身を走った息が詰まるような激痛に耐えつつ、丸まるような体勢で痛みが去るのを待ちながら慎重に息を吐いた。
「っ…!」
少しずつ痛みは治まっていき、それと一緒に気分も落ち着くと、不意に自分の中で影が落ちたような気がした。
戦っていた時には目の前に集中していて気付いていないふりを、振り払いきったふりをしていた。
亡霊に襲われた記憶が、引き裂いた感触が、彼等の声が耳元で囁かれているかのように甦る。心臓に触れられたような感覚に思わず身震いをすると、その動作がまた傷に響いたが、痛みが影を薄れさせてくれて今だけはありがたかった。
「……はー……」
震える体を抱き、様々な痛みを霧散させるように再び息をついた直後、病室の扉が静かに開く音がした。
入って来たのはクラウスで、結理が床に座り込んでいる姿を見つけると慌てて駆け寄ってきた。
「……大丈夫かね?」
「クラウスさん……大丈夫です。寝ぼけて落っこっちゃって……」
支えるように回された腕に体重を預けながら立ち上がり、ベッドに腰掛けた結理は引きつった苦笑を洩らしながら答える。
「……ありがとうございました」
それから、痛みの消え切っていない笑みを見せて続けた。
「あの時、クラウスさんの言葉がなかったら、わたしはあの亡霊を打ち破ることはできませんでした」
自分一人ではあの紛いものでしかない幻に取り殺されていた。自嘲の浮かぶ表情を隠すように、結理は俯きながら視線を外す。
「……情けないです。あんなのに簡単に騙されて、追い詰められるなんて……」
「恥じることではない」
どこか悔しげに言葉を吐きだしながら緩く拳を握った少女に、クラウスはきっぱりと言い切った。
「それだけ君が御家族を想っているからこその迷いだ。それに付け込み利用した奴が全ての元凶で、君が心を痛めることはない」
「……はい……」
「辛かったろう」
「……そんなことは」
ないと言い切ろうとした結理を遮るように、少女の手の上に大きな手が乗せられた。驚いて顔を上げると、真っ直ぐで真剣な視線とぶつかった。
「クラウスさん…?」
「結理、君は強い。いつでも己の内に光を絶やさず、前を向き続けようとしている。だがそれは、何もかもを一人で抱え込んでいい理由にはならない」
「え……」
「もっと我々を頼ってくれて構わないんだ」
「……っ……」
「君は一人ではない。辛い時には、辛いと口にして欲しい」
「……!」
飾らない言葉が、偽りのない思いのこもった強い視線が、弱っていた心に染みた。
それは涙という形で外に溢れ出し、少女の頬を濡らす。反射的に堪えようとしたが、すぐにやめた。堪えてはいけない。堪える必要はない。
「……苦しかったです……」
震える小さな声で、結理は呟くように言葉をこぼした。うつむいた拍子に雫が落ち、止まることなく溢れ続ける。
「……ニセモノでも……お母さんと、お父さんに……死ねって言われて……戦わなくちゃ、いけなくて……苦しかった……ニセモノ、なのに……勝てないって……思っ、たら……すごく……怖かっ……!!」
戦わなければならない状況だった。戦わなければ、命だけでなく自分の中にある大切なものまで永遠に失っていた。
それでも苦しく、怖かった。心の片隅では本物であればと微かな願いを持ちながらも、刃を向けて来る姿は疑いようがなく偽物でしかなく、対峙しているだけでも心が砕かれていくようだった。
必死に言葉を紡ごうとするが、徐々に形にならなくなっていき、最後には嗚咽だけになった。
「~~~~……っ!!」
「……よく戦い抜いた」
幼子のように泣きじゃくる結理をクラウスがそっと抱き寄せると、少女は縋るようにしがみついて、声を上げて泣いた。