異界都市日記6.5
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「見失うな!一之瀬結理!!」
「……っ!?」
打ちのめされ、完全に暗闇に閉ざされる直前に、その声は轟いた。何を、誰のと疑問がよぎる前に、圧倒的な存在感を持って更に声が叩きつけられる。
「どれだけ姿形を真似ようと、それはただのまやかし物だ!!君が愛し誇った者達が、君を傷つけることなど断じてない!!」
落雷のような声が、声に乗せられた力強い意思が、暗闇を引き裂いた。
(……まやかし…?)
声に導かれるように顔を上げると、今にも刃を振り下そうとしている男女の姿が目に入った。記憶の中と変わらない、強く優しかった両親の姿。到底勝つことはできないと、絶望を与える姿。
そのはずだったのに、今の結理の目にはまるで違うものに見えた。同じ顔をしているのに、記憶と重ならない。『これら』は一体何だ?と疑問すら浮かぶ。
(……違う…?)
突き動かされるように、結理は立ち上がりながら前に駆け出していた。両手に纏った赤で指の形に合わせて刃を形作り、腕を振るう。避けるどころか反応すらできなかった男女は驚愕の表情でずるりと体をずらし、そのまま煙のように消えた。
「……違う……違っ、た……?」
「な……何だ?何が起こった?」
どこか呆けた様子で呟いた結理に、顔の歪んだ男が驚愕の混じった戸惑いの表情を向けた。
結理はそれを見てからふいと、何の躊躇いもなく男に背を向ける形で振り向いた。広い構内はいつの間にか人数が増えていて、男が作り出したのだろう亡霊と戦っている者達の姿があった。
その中の一人、少女を鎖そうとした暗闇を破った者と目が合うと、『彼』は襲いかかってきた亡霊を難なく叩き伏せ、力強く頷いた。
それだけで、さっきまで自分を縛っていた全てから解き放たれたように、体が軽くなった気がした。
頷き返した結理は再度男に向き直り、色々な意味で醜い顔を真っ直ぐに見据える。その強い視線に身じろいだ男は、驚愕に表情を歪めた。
「な、何だその目は…!?違う……恐怖に歪んだ顔を見せてくれよ!僕が望んでるのはそんな顔じゃない!」
表情を歪めたままの男が腕を振るうと、再び男女の亡霊が姿を現した。だが男女が構えるよりも早く、振るわれた赤い棘鞭が二人をかき消すようにぶつ切りにする。
「な……何でだ……今君が引き裂いたのは君の両親だぞ!?」
「違う。これはあんたに都合がいいだけのまやかし。わたしがずっと憧れてた二人じゃない、ハリボテの幻」
理解できないといった風に叫ぶ男に言い放ち、結理は右手でコートの襟元を軽く握り、左手の刃爪を男に突きつけた。
「もう惑わされない」
その目にも、佇まいにも、一切の恐怖も絶望もない。
「わたしの誇りは、こんな簡単に消えるニセモノじゃない」
「……そんな訳あるか!」
きっぱりと言い放った結理に男は激昂して言い返し、片手でなぞるように顔を覆った。手を退けた時には男の顔は別人へと変化していて、苛立ちにしかめられている。
「お前が俺に勝てる訳ねえんだよ!なあそうだろうユーリ!?」
「……勝つよ」
静かに言い返して、結理はコートの襟元を握っていた手を内ポケットに入れた。相手を見据えたまま取りだしたのは小さな、金平糖ほど小さく少し歪な血晶石だった。自身の血を固めたものではないその血晶石は、結理にとっては劇薬も同じだ。絶大な力を引き出すと同時に、反動も大きい。
けれど、今この状況で使わない理由はない。
「勝たなきゃ、わたしの誇りは汚されたままになる」
(だから使わせてもらうよ。じいちゃん)
「な……何だそれは…?」
訝しげに問うてくる男の姿に、結理は少しだけ驚いたように目を丸くしてから、小さな血晶石を口に入れた。奥歯で鮮血色の石を噛み砕き、薄く笑みを浮かべる。
「……ありがとう、勝てそうな気がする」
言い放った次の瞬間、少女は男の目の前に現れていた。
「っ!?」
獣のように瞳孔が縦に細長い瞳に射竦められた男は、振るわれた刃爪をギリギリで避け、自身も刃爪を形成して振るう。少女を斬り裂こうと連続で攻撃を繰り出すが、結理はそれらを全て避け、大ぶりの一撃を深く沈みこむようにかわすと地面に手をついた。
「『血術―ブラッド・クラフト―』……『血の乱舞―レッド・エクセキュート―』」
「!!?」
足元で炸裂した赤の棘を、男はいくつかかすめながらも飛び退いてかわした。少女を見る目には驚愕と、わずかな恐怖が浮かんでいた。
「そんな……馬鹿な…!?」
「じいちゃんはこの程度じゃ慌てない」
言い放つと同時に、結理は男を睨みつけた。視線に乗せられた力が男を吹っ飛ばし、資材の山に叩きつける。軽く視線を巡らせると、それに呼応したように周囲の資材が浮かび上がり、男が突っ込んだ山に叩きつけられた。
「『血術』……」
立ち上る砂埃を見ながら、結理は地面に手を置く。
「『血の監獄―ジェイル―』!!」
地面から放たれた赤い棘の生えた壁が資材ごと押し潰すように挟み込んだ。壁を回避して飛び出た男は、苛立ちに顔を歪めながら結理に狙いを定めて刃爪を振りかぶる。
そんな男の姿を見て、結理は苦笑を洩らした。振るわれる攻撃を難なくかわしながら、確信が深まっていく。
本物の祖父には全力の状態でも難なく制されていて、こんな簡単に渡り合えなどしなかった。
(本当にまやかし物だ……)
何もかもが違う。同じなのは見た目と技だけだ。その技も緻密さに欠けている。術者が『被っている』まやかしは、同じように作り出されたはずの両親の亡霊にすら劣る。言葉に絡め取られ、姿形に惑わされ、勝てないと思い込んでしまっていた。
それに気付くと自分が情けなくなった。一体何を恐れていたのか、何に動揺していたのかと呆れるしかない。きっと、こんな体たらくを見られたら、笑われてしまう。
「何でだ……何でだ!?お前の中で何よりも強かった奴と……大好きだった家族と殺し合いをしてるんだろ!?なのに何で恐怖しない!!?」
「……黙ってくれる?」
激昂した言葉に、ただ冷たく一言だけ返して、結理は隙を見せた男に蹴りを入れた。男は吹っ飛ばされながらも地面に手をつき、術を放つ。
「死ねぇっ!」
突き出た棘は少女を貫いたかに見えた。だが次の瞬間には少女は霧となってその場から消える。
「っ!?どこに…!」
「『血術』」
「っ!」
上から聞こえた声に反応し、男は天井を仰ぎ見ながら刃爪を放った。霧から実体に戻りながら、結理はそれを身を捻ってかわす。刃がかすめるのも構わず、回転した勢いを乗せて腕を振るった。
「『爪』!!」
放たれた一撃は男が逆の手で突き出した刃爪を叩き割りながら、引き裂いた。