異界都市日記6.5
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事務所を飛び出して通りに出てすぐに、こちらに集中する気配を感じた。通りの向こうを見ると、黒いパーカのフードを目深にかぶった誰かが見つめるように立っていて、少女が自分を見つけたことに気付くと身を翻して駆け出した。結理はその後を追いかけながら、ポケットから指抜きのグローブを出してはめた。
時に大通りを抜け、時に横道に入る誰かは、結理に追いつかれないかつ見失わない速度で走り続ける。
逃げる誰かは路地の奥にあった廃工場に駆け込んでいった。結理も迷わず後を追い、薄暗い建物の中へ入って行く。
工場内は物が少なくがらんとしていた。結理は周囲を軽く見回しながら更に奥へと進み、気配を感じて足を止める。
廃工場の一番奥。端に古びた資材が積み上がった広い構内の真ん中で、相手は待ち構えていた。
「来てくれると思ってたよ…ユーリ」
「……一つ聞かせてくれますか?」
「いいよ」
問いかけながら結理は、両手の掌底を打ちつけるように合わせた。溢れ出した血が両腕にまとわりつき、装甲の形となる。
「わたしを狙う理由は何ですか?」
「…君が好きなんだ」
「…………………………は?」
全く予想していなかった回答が来て、その意味が一切理解できず、結理は遠慮なく顔をしかめた。少女の反応にも構わず、相手は熱に浮かされたような口調で続けた。
「出会った時に運命を感じたんだ。それからずっと忘れられなくなった。側にいたい……いや、誰にも触れさせたくない。触れていいのは僕だけだ。僕の手元に置いておきたい。恐怖に顔を歪ませて。きっと君はいい顔をしてくれる。けどいつまでも恐怖を与えることはきっとできない。だから直前まで恐怖に、絶望に浸してそれから殺してずっと側で愛してあげようと思ったんだ。いいアイデアだろう?」
「………………………………」
病的に熱烈な告白を聞いて顔を引きつらせながら絶句した結理は、何の言葉も返すことができなかった。相手の望み通りかどうかは分からないが、少なくとも告白の内容には全力でドン引きしている。一秒でも早く切り刻みたいという衝動と、触りたくない近づきたくないと思う程の嫌悪感が胸中でせめぎ合う。
「その為にどうすれば君を手に入れられるか、僕だけのものに出来るかを考えた。考えながら色々試したら、いい薬を見つけたんだ。おかげで素敵な能力に目覚めた」
言いながら相手は、パーカのポケットから何かを取りだした。その手にあったのはさほど大きくない錠剤だった。相手はそれを、ラムネ菓子でも頬張るように一度に口に入れて噛み砕く。口ぶりからして、能力を使う為のドラッグなのだろう。
「人の記憶の中から、最も強く残っている死者を具現化させて、そいつに殺させる。何人かで試したけどみんな思った通りに恐怖し、絶望してくれた。なあユーリ、君も素敵な顔を見せてくれよ…!」
狂気の熱に浮かされている相手が軽く腕を上げると、彼の両隣に人影が現れた。その姿を見た結理は心臓が跳ねたような感覚を覚えたが、先程よりは動揺はない。
感情を顔に出すまいと全力で自制しながら、結理はそれらを作りだした術者に言い放つ。
「つまり……その二人はあんたが作り出したニセモノってことでしょ?」
「偽者じゃないよ。元は君の記憶だ」
「だったら、作り物である以上はニセモノだ…!それはお父さんでもお母さんでもない!」
「うわあ……結理……それはショック過ぎる……」
「そうよ結理。そんなきっぱり言われちゃったらお母さん泣いちゃう」
「黙れ…!!」
記憶の中と変わらない顔でそれらしい表情を見せ、記憶の中に残っている声でそれらしい言葉を放つ男女に、結理は低く唸って地を蹴った。男女も困ったと言いたげな苦笑を漏らし、それぞれ爪で掌を切ると迎え撃つ態勢を取る。
「『血術―ブラッド・クラフト―』……『爪―クロウ―』!!」
溢れ出た血が各々の武器となり、ぶつかり合った。即座に飛び退くと、男女はそれにぴったりとついてきて武器を振るった。結理は男が振るった剣を受け流しながら懐に入り、刃爪を振るう。飛び退く男に構わず、体を回転させて女に攻撃を繰り出した。女は己の刃爪で結理の放った刃爪を受け止め、くすりと笑みを漏らす。結理は僅かに表情を歪めながらも攻撃を続けた。
「『風術』!と……『炎術』!!」
突風で牽制し、炎を放つと男女は飛び退いて炎の範囲外に逃れる。結理は血晶石を口に放り込みながら地面に手をつき、術を放った。同時に男女も地面に手をつく。
「「「『血術』…『血の乱舞―レッド・エクセキュート―』!!」」」
地面から生えた赤い棘がぶつかり合い、相殺し合う中、棘を飛び越えた男女が飛びかかってきた。結理は男の攻撃は腕に纏わせた赤い装甲で受け流し、女の攻撃は飛び退いてかわすがわずかにコートをかすった。