異界都市日記6.5
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「おはようございまーす!」
今日も元気な挨拶と共に、結理はライブラの執務室に続く扉を開けた。室内にいた面々が少女にそれぞれ挨拶を返す。何気なく視線を向けた先にあったチェス盤と、対局をしているスティーブンとレオを見て、結理は目を丸くした。
「おお……チェスですか。でもレオ君とって珍しいですね」
「さっきまでクラウスとやっていたんだ。お嬢さんもやるか?」
「はいやりたいです!……って、何か懐かしいやり取りですね、これ」
「心配しなくても、足を冷やしたりはしないさ」
「そんなことありましたねぇ……あの時は本当に氷漬けにされると思いましたよ」
(一体何があったんだこの二人…!!)
和やかな会話の中にさらりと氷漬けという言葉が出てきて、盤面を睨みつつ話を聞いていたレオは冷や汗を流してスティーブンと結理とを見た。そんな視線には気付かなかったようで、結理は室内を見回して怪訝そうに首を傾げる。
「クラウスさんって出かけてるんですか?」
「坊ちゃまなら今は温室の方におられますよ」
「あ、じゃあちょうどいいや。ちょっと温室行ってきます!」
「何かあるのかい?」
「クラウスさんにお願いされてた肥料作ってきたんです」
答えてから、結理は温室の方へとぱたぱたと駆けて行った。そんな少女の後ろ姿を何となく見送りながら、レオは軽く首を傾げる。
「肥料って……ユーリそんなことできるんですか?」
「ああ。園芸の知識はそれなりにあるそうだよ。手際の良さはクラウスのお墨付きだ」
「へえー……ユーリが園芸って何か意外だなあ……」
「お?少年、チェックだ」
「え゛…!!?」
「クラウスさーん!おはようございまーす!」
挨拶をしながら温室に入ると、目的の人物は大きな花の咲いた鉢の前にいた。結理の声に気付いたクラウスは、鉢から目を離して少女に向き直る。
「おはよう結理」
「これ、この間言ってた肥料です…って…うわあ…!これ桔梗ですか?おーっきい…!!」
クラウスの隣まで駆け寄って小さな紙袋を手渡した結理は、彼が水を上げていた花を見てぱっと表情を輝かせた。少女の両手でようやく持てるほどの大きさの鉢の中で、蓄音器のスピーカーほどはあるだろう、『外』ではあり得ない大きさの桔梗の花が咲いている。
「ヘルサレムズ・ロットで品種改良された桔梗だ。ここまで大きく花をつけるのは少々珍しいが」
「へえー……」
好奇心で輝く目で花を見つめていた結理は、表情を緩めるように笑うと小さく呟いた。
「お母さんが好きそうだなあ……」
「以前、御家族の女性方は家庭菜園が趣味だと言っていたね?」
「はい。特に母は日本の花が好きで、根っこごといっぱい野草つんできて祖母達に叱られてたこともありました。珍しい植物も好きだったから、きっとこの温室見たらすごい喜んだと思います」
嬉しそうな中に少し懐かしげな笑みを見せて、結理は愛でるように桔梗の花に触れた。そんな少女に向けるクラウスの眼差しも温かい。
「……一度、」
「?」
「君の御家族とは話をしてみたかった。こんなにも優しく、真っ直ぐに結理を育てられた方達だ。きっと君と同じ、温かな人達だったのだろう」
「っ!え、や、優しいなんてわたしはそんな…!」
称賛の言葉を贈られて、結理は丸い目を更に丸くして赤面する。褒められるのは嬉しいが、クラウスの言葉はいつでも真っ直ぐで偽りがない為、気構えのない時に言われると少々心臓に悪い。
「あ!でもうちの家族も、きっとすぐに皆さんと仲良くなれてたと思います!父側の祖父が純血の吸血鬼なんですけど、無暗に誰かを傷つけたりなんてしないすごい優しい人だったんです!血が嫌いでいつも貧血気味で大変そうだったけど……母側の祖父はすごい強くて戦うの大好きで、きっとHLにいたら騒動起こす側になっちゃってたかもしれないですね。あ、でも本当は父側の祖父に負けないぐらい優しかったんです!」
家族と彼等が出会っている姿を想像する。
両親や祖父達が誰と気が合うか、どんな話題で盛り上がれるか、どんな共通点を仲間達に見つけてくれるかを想像すると、それだけで楽しくもあり……
「本当に、ひいき目もあるかもしれないけど、強くて優しくて……自慢の家族でした。みんなは……わたしの誇りです」
声のトーンが落ちてしまったのが自分でも分かった。どうにかできたのは表情を繕うことだけだ。
「……結理」
「大丈夫ですよクラウスさん」
どこか心配そうに呼ぶクラウスに、結理はふわりと笑って返した。
「大好きな家族のこと思い出して、悲しくなるわけないじゃないですか」