異界都市日記7
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「……あー終わったー…!」
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
書類処理が一区切り付き、伸びをしていた所で片付いたデスクの上に蓋の開いた牛乳瓶が置かれた。結理が驚きながらもお礼を言っている間に、フィリップは素早くかつ丁寧に少女の手を取る。
「失礼。包帯が緩んでいるので巻き直させて頂きます」
そう言って手早く包帯を巻き直すと、フィリップは「失礼します」と一礼してすっと下がる。洗練された動きに結理がただただ目を丸くしている間に、フィリップはクラウスに紅茶を入れていた。
「それで、ザップさんの怪我もぱぱぱー!って手当てしたんです。全然動きに無駄がないんですよねぇ……」
「何と、それは素晴らしい」
やや興奮した面持ちで結理が見たものを報告すると、レオやザップと一緒にゲームに興じているギルベルトはいつもと同じ穏やかな様子で感嘆の言葉を漏らした。
「さすがはベイツメイド長。性格は少々強引だが仕事に対する目に狂いはありませんな」
「何呑気な事言ってるんすか。専属執事の座を奪われちゃうかも知れませんよ?」
「はっはっは。それは困りますなあ」
「全然困ってる風に言ってないじゃないですか。穴仕掛けまーす」
「より良い仕事の為になるならそれも一つの選択です。あーっと対象T-2に移動してます。宜しくお気をつけて」
(よりよい仕事かあ……)
レオが指摘した通り大して困った風でもなく、やはり穏やかにギルベルトはあっさり言い切る。そんなギルベルトを、結理は少しだけ曇った表情で一瞥した。
「お、はい、尻尾落としました。剥いじゃって下さい」
「おおお!」
「いけいけいけいけ!」
「結理さん、」
「はい?」
「心配しなくとも、私がここから去るということはありませんよ」
「……っ……はい……」
「ギルベルトさんって、不思議な人だよねぇ……」
「あー分かる」
「何て言うか……本当の意味で空気?いるのが当たり前みたいな感じなのに、存在感がない感じ。包帯ぐるぐる巻きなのに」
「そうだよね。居ても居なくても分からないぐらいいつもスッと居るよね。ホータイグルグル巻きなのに。何かと衝突しそうなイメージないよね」
「……そうかな?」
「え?」
途中まで同意見だった所を翻され、レオは若干驚いた面持ちで隣の結理を見た。視線に気付いていないのか、少女はレオの方は見ずに難しげに顔をしかめる。
「いや、うーん……確かに誰かとぶつかるイメージはないんだけど……それだけじゃないってゆうか…………よく分かんないや」
「何だよそれー」
「最近頭回んなくてねぇ……」
自分で話を振っておきながら放棄するような発言に呆れた様子で返され、苦笑交じりに結理は軽く息をついた。わずかに変わった雰囲気を感じ取って、レオは少女の顔を覗き込みながら尋ねる。
「……ユーリ、ちゃんと寝てる?」
「寝てるよ」
「その割に顔色悪いぞ」
「怪我が治んないから常時貧血気味なの。そうゆう意味じゃ休めてはないかも。原因それかなあ…?まあ、今度全休の日があるからその時にがっつり休むよ」
「レオナルドさん結理さん、お待たせしました!」
「いえいえ、じゃ、行きましょうか」
レオと結理は、フィリップを連れて街に出ていた。今日も物騒で平穏なヘルサレムズ・ロットを、主にレオが案内をしてフィリップは興味深げに説明を聞いている。
「凄いですねレオナルドさん!!結理さん!!H・L…聞きしに勝る場所だ。本当に今までよくぞ生き残られました!」
「いやいやいやいや」
「まあ、どこもかしこも危険ってわけでもないですよ。子供が一人で歩いてても大丈夫な場所とかも案外ありますし」
「路地一本入るとヤバイってのはゴマンとありますけど、けっこうフツーの人も沢山暮らしてますし」
驚くフィリップに苦笑交じりに返しながら、レオと結理は行きつけのダイナーに立ち寄った。いつものように繁盛している店内に入ると、扉の開いた音を聞いたビビアンが見知った顔を見つけて笑いかける。
「おーうレオ、ユーリ!」
「こんにちはビビアン」
「ユーリは久しぶりじゃん!大怪我して入院してたんだって?」
「そう!変なのに巻き込まれちゃってねぇ。腕なんてまだこの通り」
「まあ、生きてんならそれでいいよ。HL(ここ)じゃそれだけでもうけもんさ」
「ね?ココなんかはフツーの店でしょ?コーヒー美味しいんですよ」
「ハンバーガーがメインですけどパスタもいけますよ」
笑いながら普通に話すレオと結理だが、フィリップの方は店内の異界人の比率に若干引いている様子だ。それに気付いた結理は、こっそり失笑を漏らす。
「何々?レオ達の会社の人?」
「あ、私先日からライブ「パフォーマンスを始めますよーブルース」
「ブルース!」
普通に名乗ろうとしたフィリップを遮るようにレオが叫び出し、結理も慌ててフィリップを押し退けるようにレオの後を続けた。
「…そうなの?」
「え?何が?」
「いいよ?するんでしょ?ライブパフォーマンス」
「あー…その……」
「そ、そう!うん!ライブパフォーマンス!」
「何だよレオもとうとうこの街の瘴気にやられちゃったか…主に脳方面が。全く気の毒に…ユーリもギリギリだし。まあ、客は客だから邪険にはしないけれども」
「ビビアン今日も痛烈だなぁ……」
ため息交じりにそう言いながら立ち去るビビアンに苦笑を漏らしつつ、結理は何とも言えない表情をしているレオと一緒に席に戻った。
そんな二人を、フィリップは驚いたような戸惑ったような表情で見ている。
「まずかったですか!?」
「すいません、ライブラの名はあまり口にしない方が…」
「とゆうか、言うとマズイです。この街だと良くも悪くも有名なんで、下手すると……っと、すいません。はい、結理です。はい、え?それならもう処理は……で!?あーすいませんすぐ戻ります!!」
会話の途中で着信音が鳴り、結理が電話に出た。最初は普通に話していたが、突然顔色を変えてぎょっとしたように表情を引きつらせて、慌てた様子で通話を終えるとレオとフィリップの方を見つつ席を立つ。
「ごめんなさい、わたし事務所に戻らないと…!レオ君後お願いしていい?」
「いいよ。何か緊急だろ?」
「ちょっと書類関係。じゃあ気をつけて……あ、そうだレノールさん、」
「何ですか?」
「差し出がましいようなんですけど、この街……に限らずだけど、強さは一方向じゃないです。自分なら大丈夫って思ってると、足元すくわれますよ?」
「……どういう意味でしょうか?」
「それじゃあ失礼します」
不可解そうに問いかけられたが、結理はにこりと笑い返しただけでそのままぱたぱたとダイナーを出ていった。