異界都市日記6
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「ゴボウ抜きで現チャンプまで倒した!!」
「前代未聞だ!!」
「スゲエよ~~~!!スゲエよ~~~!!もう完全にオケラだが俺ここにいれてよかった…!!」
「っああああああ!!賭けるの忘れてたあああああ!!」
観客の声で我に返った結理が、勢いよく立ち上がって叫んだ。レオもいつの間にか賭けるのを忘れていたことに気付いたが、何だかどうでもよくなっていた。自分も病気にかかったのかは分からないが、とにかく試合は全て終了だ。これで黒幕(ザップ)を探しに行ける。
「はあ……まあ、いいや。いいもの見られたし。カメラ持ってくればよかった……でも撮影禁止だ……っ……」
がっくりと肩を落とした結理が不意に真剣な表情で顔を上げたのと、リング上に巨大な誰かが降りてきたのとはほぼ同時だった。
「…オーナー!!」
「へえ、あの人が……」
「オーナーが出てくるって、どうゆう状況なんだ!?さっきので終わりじゃないの!?」
「エキシビジョン…?いや、ノリノリっぽいし、もしかしたらこの闘技場の所有権を賭けた決闘になるかも」
「闘技場の所有権!!?」
結理から説明を聞いたレオが思わず声を張り上げるのと、リング上で打撃音が響いたのとはほぼ同じだった。
「…かッ……開始ッ!!開始だァァァァァァ!!!」
「うわわわ…えらいことになってきたぞ…!!」
「……レオ君、」
「え?」
いよいよタダで済まなくなってきた事態に慌てかけた所に静かな声で呼ばれ、レオは驚いて結理を見た。リング上を見つめている結理の表情は真剣だったが、先程と違って興奮に目を輝かせていなければ狂気じみた熱にも浮かされていない。まるで任務中のように冷えた色が浮かんでいた。
「あのオーナーのこと『視て』」
「オーナーを?」
「何だか嫌な感覚がする」
「あ…うん」
要請に頷いて、レオは『神々の義眼』でクラウスと互角以上の決闘を繰り広げているオーナーを見た。大きなオーラを持っているが体格相応で、最初は別段おかしい所はないように見えた。
だがすぐに違和感を覚えた。偉丈夫のクラウスが小さく見えるほどの巨体の中に、『何か』が見える。人の骨格に見えたそれのオーラは、外のオーラに覆われているように見えない。
「……何だあれ……」
「何が見えたの?」
「人の中に人が入ってるみたいに見える。でもオーラが見えないんだ……」
「オーラが?隠してるってこと?」
「そこまでは分かんないけど……ユーリはどう思うの?」
「わたしにもよく分かんない。けど、あのオーナー本物なのかな…?って感じはする。体と気配とのバランスが悪い、ってゆうか……」
お互い何と表現していいのか分からず言いあぐねていると、ひと際激しい打撃音と肉が潰れるような音が響き渡った。クラウスが放った痛烈な左拳がオーナーの頭を文字通りに吹っ飛ばした音で、その光景に場内の全員、拳を放ったクラウスまでもがぎょっとして息を呑んだ。
「うわ…―――!!!」
「―――!!」
思わずうめき声を上げかけた結理は突然感じた強烈な気配に全身を総毛立たせた。一瞬遅れてレオの『眼』も、オーナーの中から出てきた人型の『何か』から溢れだしたオーラと『名』を補足して、たった今とは違う意味で息を呑む。
「クラウスさん!!!」
動いたのは結理の方が早かった。グローブをはめながら、状況についていけずにただ立ち尽くす観客の頭を足場にして全速力でリングに向かい、レオも観客をかき分けながら同じ方向へ向かう。
嫌な感覚の正体がようやく分かった。クラウスと対峙していたオーナーは、一対一の拳闘に心奪われたただの異界の者ではない。
そんな者が、赤く輝く羽根のようなオーラを持っているはずがない。
「クラウスさん!!気をつけて……そいつ…!!」
「お疲れさま、クラウス君」
レオの声が届くよりも、結理がリングに着くよりも早く、『彼』はするりと移動するとクラウスに触れた。軽く触れたようにしか見えなかったそれだけで、クラウスの体躯が紙のように吹っ飛ばされてフェンスに叩きつけられた。信じられない程の勢いでフェンスがひしゃげ、盛大に傾く。
「クラウスさん!!!」
フェンスはギリギリで倒れることなく留まり、観客達はほっと息をつく。結理はその観客を飛び越えてリングに飛び乗った。
だが結理が構えた時には、オーナーの皮を被った血界の眷属の姿はその『皮』ごと煙のように消えていた。油断せずに周囲を探るが、彼等と対峙した時特有の全身を針で刺されているような冷たいプレッシャーは感じられない。
警戒は解かないまま、結理はリングから飛び降りると下に落ちたクラウスの元へ駆け寄った。
「クラウスさん!クラウスさん!!」
「……っ……結理……」
「大丈夫ですか…?」
「ああ、大丈夫だ。それより……」
「いなくなりました。気配も追えません」
問いに先回りして結理が答えると、クラウスは「そうか…」と息をついて立ち上がった。あれだけの連戦を繰り広げたというのに、一歩もよろけないのは流石としか言いようがない。
「少なくとも、ここで暴れるってことはなさそうです」
「それならばいいのだが、奴は一体……」
「『彼等』の考えることは分かんないです。本格的な戦闘にならなくてよかったとしか……」
「クラウスさん!ユーリ!」
何とも言えない空気を抱きながら、二人は慌てた様子で駆け寄ってくるレオを迎えた。
「あの血界の眷属の気持ち、少しだけ分かるかもしれない」
「え?」
結理がぽつりと呟いたのは騒動も収束し、無事に合流できたザップが性懲りもなくクラウスに挑んで盛大な返り討ちにあっている最中だった。いい気味だと笑いながら眺めていたレオは怪訝そうに結理の方を向くが、少女は前を向いたままベスパを押している。
「わたしのじいちゃん、とんでもない戦闘狂で、けど誰も敵わないぐらい強すぎた人でね。誰と戦っても何と戦っても簡単に勝っちゃうから、たまに、寂しそうな顔してた。一瞬しか見えなかったけど、あの人も同じ顔してるように見えたの」
「…………」
「あの人、本当にただ「ステゴロ最強」に魅入られちゃった人なのかなあって、思った。もしそれが正解だとしたら……悲しいよね」
「……うん」
誰にも触れることができない程強化された身を持ちながら、誰かと心行くまで拳を交えたいと渇望する男を想う言葉に、自分の目にも同じように映ったレオは頷くことしかできなかった。
異界都市日記6 了
2024年8月11日 再掲