異界都市日記1
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ダイナーを出た少女、一之瀬結理は軽快な足取りで通りを歩いていた。剣呑が日常の街は今日も騒がしく、遠くからは銃撃のような音が響いている。拡声機の声から銀行強盗か何かが出たのだろう。その程度ならば機動警察が確保するしわざわざ野次馬に出向く必要もない。
裏路地をいくつか通り、馴染みの店を抜けて隠し通りを歩く。隙間を縫うようにビルの間を通って目的地に着くと扉を開け、手順を踏んで事務所に上がった。
「おはようございまーす!」
挨拶と一緒に扉を開けると、室内には一人しかいなかった。その一人、結理が所属する秘密結社ライブラがリーダーであるクラウスは、事務所内に並べられた鉢植えから少女に視線を移した。
「おはよう結理」
「って、クラウスさん……とギルベルトさんだけですか?」
「ああ。ちょうど皆出払っていてね。ザップは新人を連れてそろそろ戻ってくると思うが……」
「あー、そういえば新人さん来るの今日でしたね。えーっと確か……」
「ジョニー・ランディスだ」
「そう!ジョニーさん!」
「どうぞ結理さん」
「ありがとうございますギルベルトさん!」
数日前に聞いた話を思い出しながら、結理はギルベルトから差し出されたマグカップを受け取ってソファに腰掛けた。中身を一気に半分ほど飲んでから一息ついて、何ともなしに窓の外を見ると、小さな異界生物がパタパタとせわしなく羽根を動かして横切った。
「……っ……来ましたよ」
ふいと出入り口の方を向いた結理が、ぽつりと呟いてカップを傾けた。植物に水をやっていたクラウスも同じ方向を向いた直後に、扉が開く。
「…あ、」
「ようこそ、君が新しい同志か」
ザップと一緒に入ってきた少年を見た結理が目を丸くしたが、それに気付いた者はいなかった。
「歓迎しよう。クラウス・V・ラインヘルツだ」
新人へ向けた挨拶が終わるか終らないかという内に、ザップが動いた。軽いフットワークで天井を経由し、クラウスへ襲いかかる。
それを横目に結理は飲み終わったカップを置いて移動した。軽く周囲を見回してから側にあった鉢植えをいくつか退けてスペースを作り、ザップの蹴りを腕一本で受け止めたクラウスとアイコンタクトをかわしてその場から退く。視線の意味を察したクラウスは、ザップを『大人しくさせる』と流れるような動作で持ち上げて、結理が空けたスペースにザップを下した。
「…全く、この男は隙あらば私を斃そうとしてきてね。それも心底殺すつもりなので厄介なのだ」
「あー…やっぱりそうなんですか……って…!!?」
殺すという単語に特に大きな反応はせず、どこか呆然とした様子で呟いた少年は、##NAME2##の顔を見ると盛大に顔を引きつらせた。結理はそんな少年に笑いかけて、彼が連れている音速猿を見る。
「お猿さん、捕まえられたんだね」
「あ、はい、まあ……」
「彼と面識が…?」
「はい。さっきダイナーで席隣だったんでちょっと話したんです。新人さんだったのは知りませんでしたけど……あれ?」
尋ねるクラウスに答えた結理は、引っかかりを覚えて怪訝そうに首を傾げた。
だがその疑問を口にする前に、窓が勢い良く開いて誰かが入ってきた。その誰か、パンツスーツを着たすらりとした黒髪の女性は、一瞬の躊躇もなく床に倒れたままのザップの上に着地する。
「…おっと、靴底が汚れたかな?」
「彼女はチェイン…チェイン・皇。諜報活動のエキスパートだ」
「な…にを…しやがるんだこのヤロウ!」
「床に寝てる奴が悪い」
踏んでいることはスルーして紹介されたチェインに、踏まれていたザップが勢いよく立ちあがって詰め寄ると、チェインは涼しい顔で当たり前のように即答した。
「床にあるものは何でもかんでも踏むのかおめえは!!立体でも!!」
「バカ言わないで。踏んでいいものだけに決まってるでしょう。」
「…………!!」
「あ、さっきも名乗ったけどわたしは一之瀬結理。よろしく新人さん。えっと……ジョニーさん、でいいんだよね?」
「…………はぃ……」
少女の問いに、ジョニーと呼ばれた少年は冷や汗を流し始めた。
その態度を見た結理は、すっと表情を変えて緩く拳を握る。
「……新人さん、」
「ヒデエとおもわねえかジョニー!!」
核心を突こうとしたタイミングで、チェインとの言い争いに負けたらしいザップが少年に話を振った。
「あの女はおっぱいがでかければ生きとし生けるものの頂点に立ってると思ってやがんだぞ!」
「基本ザップさんがバカなこと言うからじゃないですか」
「このちんちくりんもガキなら暴言吐いても許されると思ってやがるしよお!!」
「誰がちんちくりんだ!だいたい誰相手にも暴言吐いてるみたいな言い方止めてください!誤解されるでしょうが!!」
「…?」
「新人だ」
「…え…?」
少年に泣きつくザップに結理が容赦なく言い放っている間に、少年の存在に気付いたチェインが怪訝そうな顔をする。クラウスが簡潔に説明すると、チェインはきょとんとした面持ちでさらりと決定的な言葉を投げた。