異界都市日記6
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「それで、何故君がリングに……と言うよりここにいるのだ?」
「あああのですね!?大道芸仲間がここで前座をやってるらしかったんですけど、今日急に体調崩しちゃって、急遽わたしに代わりにやってほしいって頼んできたんです。演武ショーって言うから引き受けたんですけど、まさか内容が地下闘技場での試合だなんて、わたし全っ然!まっ……たく!!知らなかったんです!!普段からここに出入りしてるわけじゃないんですぅぅぅぅ…!!」
リングから下り、クラウスの問いかけにおろおろしながら一気にまくしたてる結理を見て、レオは即座に嘘だなと判断した。
実況も兼ねているレフェリーは結理をリングネームのような名称で呼んでいたし、今日『も』秒殺だと言っていた。彼女が普段からこの地下闘技場に出入りしているのは間違いない。真実と言えば結理の対戦が一試合で終わる闘技ショーだったということと、彼女がクラウスと鉢合わせることが本気の想定外で狼狽えていることぐらいだろう。
「そうだったのか」
もちろんそんなことにクラウスが気付くはずもなく、ほっとした様子で息をつくと結理の頭を撫でた。普段なら嬉しそうに笑う結理だが、今日は罪悪感があるのか若干笑顔が引きつっている。
「今回の件とは無関係でよかった。私は君まで捕えられたのかと心配していたよ」
「……え?捕えられたって……何の話ですか?」
「この中でザップを見ていないか?どこかに監禁されているかもしれないのだが……」
「ザップさん?いえ、見てないですけど、監禁って……一体何が」
あったんですか?と結理が聞こうとしたところで、突然スポットライトが三人を、正確にはクラウスを照らした。
「「「?!」」」
「レディィィィィィィス エン ジェントルメン」
そうこうしている内に、周囲にいた観客だと思っていた男達が一斉にクラウスの背をリングに向かって押した。
「ディス イズ THE ラァァイブラァァ」
「クラァァァウス ラインヘェェェルツア!!」
「……えええええええええええええええええええ!!?」
突如告げられた場内アナウンスとリングに押し上げられたクラウスを見て、誰よりも驚いたのは結理だった。驚愕の表情でレオの腕を掴むと、彼とリングとを交互に見て尋ねる。
「え、ちょ、何!?どうゆうことなのレオ君!?」
「ええ!?知ってるんじゃないの!?」
「知らないよ!わたしピンチヒッターで前座の闘技ショーやってるだけだもん!」
「あ、それは本当なんだ」
「……二週間前の時点では」
「オイ」
「いや、まあ、それは後回しにして、ザップさん何したの!?」
その様子から本当に結理は何も知らないらしいと判断して、レオは自分とクラウスがこの地下闘技場に来ることになった事情を話した。
「それ……狂言だよね?」
「僕もそう思う。でもクラウスさんは信じちゃったんだよ」
「クラウスさんだもんね」
少年と少女がため息をついている間にも、状況はどんどん進んでいく。リング上では話がまとまってしまったらしく、いつの間にかクラウスが眼鏡を外してやる気満々といった風に戦闘態勢を取っていた。
「うわあ何だ何だこの流れるようなカタにハメられ感」
「まあ間違いなくザップさんが裏で糸引いてるだろうね、これ」
「とにかく居場所を押さえなきゃ…あ、スイマセン、ミスタ・クラウスに20ゼーロ。」
「おー、グレゴールさんだ。いい勝負見られそう。すいません、ミスター・クラウスに50ゼーロでお願いします」
「後でシラ切られるのも癪だからな…」
「目的もいまいち見えないしね。けどひとまずは……」
独り言交じりの会話と、ちゃっかり賭けも済ませ、レオと結理#はリングに視線を向けた。外は歓声と罵声で溢れているはずなのに、リング上に流れる緊張感が音を消しているかのように耳に入らない。
純粋な力と力、拳と拳がぶつかり合う戦いが始まる。
だが、ゴングが鳴るか鳴らないかという瞬間に、クラウスと対峙していたグレゴールが体をあらぬ方向に曲げながら真横に吹っ飛ばされた。グレゴールはロープにぶつかり、その反動でリングの真ん中まで戻ってきて、そのまま倒れ伏した。
「うわぁ……ジャグラノーズ……」
グレゴールを吹っ飛ばした相手を見て、結理は片手で顔を覆った。分かっていなければ空気も読めていない、頑強で凶悪な棘のついた甲殻を持つ異界の者に呆れと同情の念しか浮かばない。
この試合がザップの差し金なら、彼にとってもこれは不測の事態だろう。
頑強な甲殻を持つ異界人は、一応この闘技場においてのプロだ。対戦相手を殺してしまうような失敗はせず、ギリギリではあるが手加減はするだろう。
だが、
「クラウスさん素人なんだから、手加減なんか知ってるわけないじゃん……」
結理が思わずため息交じりで声に出して呟いた時には、ジャグラノーズは関節の全てをあらぬ方向に打ち曲げられてリングのど真ん中にのびていた。
会場全体が一瞬水を打ったように静まり返り、次の瞬間には熱狂的な歓声が大爆発を起こした。
「あーーーーでもかっこいぃぃぃぃぃぃ!!!クラウスさん超かっこいいいいい!!!」
「いやユーリ!普通に観戦してる場合じゃないって!」
「でも無理だよこれ。もう終われない」
「え?」
「ほら、」
周囲と同じかそれ以上に熱狂しだした結理にレオが思わずツッコミを入れると、少女は急に冷静な顔になって周囲を示した。それと同時に、リングを降りようとロープをくぐったクラウスに、一斉にブーイングが浴びせられる。
「今ので完全に周囲の心鷲掴み。皆が満足するまでクラウスさん降りらんないよ」
「ヤバいじゃん!!いよいよ泥沼じゃん!!ザップさん見つけたっておいそれと帰れないじゃん!!ミスタ・クラウスに40!!」
「わたしミスター・クラウスに100で。とりあえずザップさんの居場所だけでも補足しとかないと……クラウスさーん!!ザップさんはわたしとレオ君で探すんで、そのまま続けててくださーい!」
「…いや、しかし、」
「オイオイオイオイ!!何もめちゃってんの!?マジかよ!?」
「冗談じゃねーぞ!」
「ここからが本番だろうが!!」
「レオ君行こう」
「あ……うん」
渋るクラウスに一斉に野次が飛び、しまいには会場全体からのクラウスコールにまで発展してしまった。これではもう声は届かないので、自分達での説得もできない。仕方なしに結理はレオを連れて、人ごみの中から抜け出した。