異界都市日記6
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ザップが何者かに捕まった。
ご丁寧に本人からの救助要請に応えたクラウスとレオが途中でトラブルを通過しながらも急行したのは、一見すると少し寂れた倉庫街だがあからさまに『何か』のある一角だった。
意外にすんなり通してくれた見張りにクラウスと共についていこうとしたレオが、視界の端に赤を捉えた。怪しげな倉庫街に似合わない鮮やかな色が気になってその方向を見ると、赤いベスパが柱の影に停められている。
「あれ…?」
「どうしたレオナルド君、そこで待っているかね?」
「行きます」
何となく見覚えがある気がして、もっとよく見ようと目を凝らしかけた所で声をかけられた。ここで待ちぼうけするわけにはいかないと、レオは即答しながらベスパから視線を外してクラウスの後を追いかけた。
地下へ向かうエレベーターを降りた先には、熱狂が渦巻いていた。眩し過ぎるくらいの白い光に照らされているリングは頑強なフェンスで囲われていて、周りにいる観客達は腹の底からの歓声や罵声をリング上で対峙する二人に浴びせかけている。
どこからどう見ても、そこは闘技場だった。
「…ザップはどこだろう」
「どっかに監禁されてるんすかね?」
ザップに指定された場所は確かにここだが、空気感はどちらかと言うと彼向きの場所だ。電話がかかってきた時点で抱いていた疑惑がいよいよ大きく膨れ上がる。
そんな時、何となくリング上に目をやったレオは、信じ難いものを見た。
リングの上にいるのは二人の出場者と一人のレフェリー。片方はリングを囲うフェンスすら簡単に引き千切れそうな剛腕を持つ異界の巨漢で、もう片方はこれから戦うとは到底思えない、赤い糸で縁取られたゴシック調のワンピースの上に不釣り合いな闇色のロングサマーコートを羽織った、非常に見覚えのある小柄な少女だった。一瞬見間違えたかと思ったが、不意に先程外に停められていたベスパを思い出した。『彼女』の愛車も赤のベスパだ。
つまり、涼しい顔でその場に佇んでいるのは間違いなく
「……ユーリ?!」
「む?結理がいるのか?」
「あ、あれです!リングの上っす!!」
「何故彼女がリング上に…」
「ユーリ!ユーリ!!そんなとこで何やってんだよ!?」
今正に仕合が始まるといった所だったが、それどころではない。レオが慌てて前に出ながら声をかけると、届いたらしく少女はこちらを向いた。最初はレオがいることに目を丸くした結理だったが、その隣にクラウスがいることに気付くとぎょっとした様子で更に目を見開いて、冷や汗をかき始める。
「――――っ!!!?く、くくくくクラウスさんん!!!?何でこんな所に……あああああ違うんですこれ訳があってですね!?と、とにかく30秒で終わらせるんでちょっと待っててください!!」
「30秒だあ?」
結理と対峙していた巨漢が不愉快に顔を歪めて唸ると同時に、ゴングが鳴った。男は即座に距離を詰めて、自分の方を見ようともしない少女に剛腕を振りかぶる。
「10秒で挽肉にしてやるよお嬢ちゃん!!!」
「ユーリ!!」
「……10秒ね」
結理は完全に相手に背中を向けている。彼が宣言した通り普通なら次の瞬間には潰れた少女の模様がリングに出来あがっているだろう。
だが結理は先程まであった表情を全て消して、相手に背を向けたままひらりと飛び上がって空中で方向転換すると、自分がいた位置を通り過ぎた拳に両足で踏みつけるように体重を乗せた。
「っ!?」
「1」
上からの衝撃にバランスを崩した男の顔面に、両ひざ蹴りを叩き込む。
「2」
「ぐぉ…!この…!」
鼻血を噴いてのけ反りながらも、男は少女を捕まえようと腕を伸ばした。
「3」
結理はその伸ばされた腕を足場に飛んで男の背後に着地すると、まだのけ反ったままの後頭部を打ち上げるように蹴りを放った。
「4」
それから踏みつけるような蹴りを順番に両肩に叩き込んでから、頭をジャンプ台にして高く跳び、空中で回転をして勢いをつけ、
「5」
既に意識があったか定かでない脳天に渾身のかかと落としをくらわせた。少女の軽く三倍はあった巨体が突き刺さるようにリングに沈み、会場が数秒静かになった。時が止まっていないことを証明するように、結理の黒髪とコートが舞い降りる。
「ああごめん、5で終わっちゃった」
『き……決まったあああああああああ!!!『漆黒の戦乙女(ブラックヴァンキュリア)』が今日も華麗に秒殺だあああああ!!!』
何でもないように告げられた言葉で我に返ったレフェリーが、ゴングと一緒に熱狂的な歓声を上げた。