異界都市日記5
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「貧血になっちゃうと動けないって~、ほんとだったんだね~」
「度合いにも、よりますね……てゆうか……堕落王からどんだけ聞いてんですか……」
「も~い~っぱい。」
「いっぱい……ですか……」
「吸血鬼とか~色~んなののごっちゃ混ぜなんだって~?」
「あー……はい……」
「い~な~!面白そ~解剖してみたい~」
(この人もかよ…!!!)
「フェムトがうっさいからしないけどね~」
「ど、どうも……」
少女の頬を遠慮なくむにむにとつついて、女―現在モンスタートラックを使役して騒動を起こしている真っ最中の偏執王アリギュラは楽しげに笑った。されるがままの結理は若干迷惑そうに顔をしかめながらも、不機嫌になられては色々とまずいのできちんと返事をする。外では破砕音と何かを捕食するような音と人の悲鳴が響き渡っていて、何が起こっているのかが嫌でも認識できた。その光景が見えているらしいレオなど、結理に負けない程顔を真っ青にして冷や汗を流している。
「そういえばアンタ達さ~、あの堅物の~顔のおっかない~お坊ちゃんと~知り合い~?」
「…クラウスさんの事かい?」
「そんな名前だったっけ~?」
「一体何のつもりでこんなことするんだ。目的は何なんだ」
「何のつもりもクソも~アタシのものを~アタシに~取り返すだけよ~」
レオの問いに、アリギュラは当然だと言わんばかりに顔をしかめて即答する。
「あの男~…クラウスが連れてっちゃったじゃん~?アタシの男~」
「え…!?」
「クラウスさんが…お姉さんの彼氏さん、を…?」
「あ~何か面白い勘違いしてるね~」
何やらあらぬ妄想をしたらしく、何とも言えない様子で表情を引きつらせる少年少女に指摘してから、アリギュラはその彼氏について話し始めた。
アリギュラが彼氏と認めた男は、血も涙もなければ反省とも無縁の悪で、そんな所が彼女にとっては最高にクールだった。悩みと言えば顔が好みで無かったことぐらいだったが、ある日それが解決する事態が起こった。アリギュラの理想にぴったりな、最高のルックスを持つ男が現れたのだ。
「スゴイ運命だと思わない~?」
「それは運命ですねぇ……」
「そう~理想の性格と~理想のルックスだよ~?」
「……迷いますね」
「いっそどっちも取りたいですよね、それ」
「!?」
「アンタ分かってんじゃ~ん。だから~混ぜたの~」
「……!」
「…は?」
少女のように無邪気な笑顔で放たれたアリギュラの言葉に、理解した結理は絶句して理解していないレオは怪訝そうな声を上げた。
「混ぜたの~組み合わせたの~一緒にしたの~」
「…え?何言ってんすか?」
「……そのまんまの意味」
「え?」
「二人の人間を、一人の人間に合成し直した……って、ことですよね?」
「その通り~。性格抜群の彼を~生きたまま潰して叩いて~、液状にして~血液として錬成したの~。それを~理想の彼氏の~血液をまるっと抜いて~入れ替えて~創り出したの~。アタシにふさわしい~最高の宝物をね~」
アリギュラはまるで、今日の献立の調理方法でも話しているように無邪気に笑いながら、人智を超えた所業を話す。人の姿をしていながら普通の人間とかけ離れた感覚を持つ相手に、今更ながら背筋に寒いものが走った。
このままではマズイと、レオは冷や汗を流しながらも必死に考える。自分達を乗せたモンスタートラックは今もなお成長を続けているのが振動で分かった。この大きさでは恐らく視界を支配して転ばせてもすぐに再起動してしまうだろう。
何よりもこのモンスタートラックを使役している少女(と言っていいかは疑問だが)が、堕落王と知り合いということもあって確実に只ものではなく、下手な手を打ってもしもそれがばれてしまったら取り返しがつかない。拘束されている自分もそうだが、動けない結理がいる以上博打を打つのは危険すぎる。
(どうしよう……)
そして、何とか打開策をと考えているのは結理も同じだった。間抜けに捕まっているこの現状の原因は自分にある。だからこそどうにかレオと共に脱出だけでもしなければならないが、体は満足に動かすことができない。遠のきそうな意識を繋ぎ止めるのに精一杯だ。
(……全身全霊全力で一分……このお姉さんが前衛タイプじゃなきゃ、何とかなるかもしれないけど……それともお姉さんに『噛みつく』?いや、気配からして普通じゃない血を入れておかしなことになったら……でも、このまま何もしないよりは……)
賭けに出るか?と考え、力の入らない拳を無理に握ろうと顔の前まで持ってきた時だった。不意に小さな気配が自分とレオを横切ったのを感じた。その次の瞬間には片耳に何かが入ってきて、小さな気配は消えていた。
その気配に結理は覚えがあった。
(ソニちゃん…?)
そういえば、捕えられてからレオが連れている音速猿の姿が何処にも見当たらなかった。恐らく危険を察知して逃げたのだろう。何かあったら構わず逃げるようにと、レオがソニックに言い含めているのを見たことがある。音速猿はかなり賢い種族なので、レオの言葉は理解できているはずだ。それなのに何故戻ってきたのだろうと考えている内に、その回答が別の所から来る。
『聴こえるかレオナルド、結理』
「わ」
「!」
唐突に聞こえてきた声で、繋ぎ止めていた意識が一気に覚醒し、状況が理解できた。ソニックが持ってきたのはイヤホンタイプの無線機で、それは女にばれることなく自分達の耳に届いている。
「はい!」
「はいはいお姉さーん!!よかったら彼氏さんとの色々もっと聞かせてもらえませんか!?」
「え~マジ~?恋バナしちゃう~?」
「もう超オッケーでーす!」
思い切り返事をしたレオの声をかき消す勢いで、結理は大声をあげてアリギュラを呼んだ。アリギュラは即座に上機嫌な様子で振り向いて、ソファに横たわっている結理の目線に合わせるようにしゃがむ。無線機が見えやしないかとひやりとするが、死角側なのとうまい具合に髪で隠れているのとで気付かれた様子はない。
『声を出すな。返事は咳払いで。イエスは1回、ノーは2回だ。結理はそのまま注意を引きつけていてくれ』
無線の向こうのスティーブンの言葉を聞いて、レオと結理は一回咳払いをする。
『よし』
「あのね~一緒にデートっぽいことしたことあんだけど~」
「うわあ、いいですねぇ」
『早速で悪いがよく聞いてくれ。君達の乗っているそのモンスタートラックだが…今から我々がブチ壊す』
全く予想していなかった言葉が飛び出て来て、レオは激しく咳き込んだ。スティーブンは『大丈夫か?』と声をかけてから、作戦の概要を説明する。
『とはいえ正面からぶつかっては勝算は無い。全員で勢いを削り取る』
「それでその連中が馬鹿でさ~喧嘩売ってきたの~」
「ああ、ありますよねそうゆうの」
『君はそのモンスタートラックの視界を支配して、旧パークアベニューの直線コースへ誘導してくれ給え。最終ゴールはグランドセントラル消失公園だ。やれるな?』
問いかけにレオは即座に二回咳をした。色々と規模が大き過ぎてとてもではないが成功する気がしない。それ以前に今乗っているトラックをぶち壊すなんて作戦に参加するのが怖すぎるし、無茶にも程がある。
だがライブラ副官は、その程度で気後れする少年に容赦などしない。
『や れ る な ?』
ワントーン下がった声で念を押されたレオは、泣きながら一回の咳払いで答えるしかなかった。
『よし』
「それで○○が~」
『話は聞いていたね結理』
「はい」
「☆☆したのよ~」
『無線機と一緒に『血晶石』を届けた。コートのポケットに入ってるはずだよ』
「成程」
「そしたら△△になっちゃって~」
『ゴール直前でその車体を浮かせる。君はそれを合図に少年を連れて脱出するんだ。できるね?』
「アリですねぇ……」
「超~×××だったの~!もう~そうゆうとこが素敵で~~!!」
『よし、開始は40秒後』
「……了解です。血晶石ありがとうございます」
『頼んだぞ』
会話の相槌に見せかけて返事をしていた結理は、アリギュラが興奮した様子で離れたのを見計らって最後だけ小声で明確な返事をした。スティーブンと結理の会話がうまく成立しているのを聞いていたレオは少女を見つめて、すごいなあの二人……と胸中で呟く。
「ね~アンタは~そうゆうのないの~?」
「えーわたしですかー?」
結理は笑顔でアリギュラと会話を続けながら、彼女の死角になっている側のポケットを探る。予想通りに指先が硬い感触に触れた。この状況を引っ繰り返せる切り札を力の入らない手で握り締め、笑顔を苦笑に変える。
「残念ながらないんですよねぇ……」
「恋はした方がい~よ~?女の子なんだし~」
そう言って笑った偏執王は、先程倫理を超えた血生臭い話をした女と同一人物とは思えないような、ごくありふれた言葉を結理に放った。