異界都市日記4
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「………ザップさん、」
「うっせえ喋んな」
ぐったりと背中に全体重をかけている結理にか細い声で呼ばれ、少女を背負っているザップはぴしゃりと告げて打ち切ろうとした。少女の怪我は決して軽傷ではない。止血の処置もされて運ばれているとはいえ、喋ればその分消費してしまうのだが、当の本人は構わずに続ける。
「あれが……長老級の血界の眷属、なんですね……」
「……ビビったのかよ?」
「ライブラ入ったばっかの頃、わたしが警戒されまくった理由が、よく分かりました……」
今まで相対した誰よりも、何よりも圧倒的な存在感とプレッシャーを感じた。油断も驕りもなく挑んだにもかかわらず、強大な力に呆気なくねじ伏せられてしまった。勝てる気のしない相手だというのに、無限の再生力まで持っていて終わりすら見せてくれない。
まるで絶望の化身だと、思わされた。
「あんなのと……ずっと戦ってきたんですね……」
「……」
「……すごいですね……」
掠れた少女の声には、笑みが混じっていた。
「あんな……絶望的な相手と戦い続けて…活路が見出せてるんですもん……やっぱ、人間って強いですね……」
「オイオイ、血ぃ流し過ぎておかしくなってんじゃねえだろうな?」
「正気ですよ…!」
若干うろたえた様子のザップに怒気を含んだ声で返してから、結理は力を抜くようにため息をついた。
「絶望も……諦めも……まだまだ遠い……それが分かったのが……わたしにとっては、大きな、収穫です……」
力の入っていない、だがはっきりとした口調で言い放ったきり、あとは規則正しい呼吸だけになった。
程なくして日常は戻り、傷を負った者達は完治した。
「レオ君!今日こそ二人っきりで話すよ!!」
「ええっ!?」
「スティーブンさん!ちょっとレオ君と外出てきていいですか?」
「構わないよ」
「行ってきまーす!」
「ちょ、ユーリ!?俺来たばっかなんだけど!!」
戸惑いの声を上げるレオにお構いなしに、結理#は元気に宣言してレオの腕を引いた。
ほとんど引きずられる形で連れられて来たのは馴染みのダイナーで、いつものカウンター席ではなく隅のボックス席に向かい合う形で座った。注文したものが来てから一息つき、結理は未だに若干戸惑った表情でいるレオに笑いかける。
「そういえばレオ君、眼ぇ大丈夫?」
「うん。もう治ってる」
「よかった……で、何から話そうか?何聞きたい?」
そう尋ねる結理は、話したくて仕方がないといった風にうずうすしている。
「何でも答えるよ?家族構成から昨日の夕飯から男遍歴に至るまでどんどこい!」
「いや男遍歴はいいよ!」
最後の言葉に思わずツッコミを入れてしまってから、レオは気を取り直すように一度息をついてから続けた。
「じゃあ……ユーリって、本当に吸血鬼なの?」
「純粋な吸血鬼ではないよ。前に言った人間と人外の混血ってのは嘘じゃなくて、その人外の中に吸血鬼もいるってゆうか、吸血鬼がメインってゆうか……あ、家系図見る?」
そう言って結理は、ポケットから折り畳まれた紙を出して広げると、レオの前に置いた。彼女が言った通りそれはやや短めの家系図で、少女の血縁者の名前と種族が記されている。
その記されている種族に絶句する。純粋な人間がほとんど見当たらず、大抵は人間と人外もしくは吸血鬼との混血だった。
「………………これマジ?」
「マジ」
何とも言えない表情で尋ねると、結理は即答で頷いた。以前ザップが家系図を見るとビビると言っていたことを思い出したが、確かにこれは驚くしかない。
「まあそんな感じで、ちょっと吸血鬼寄りの人間と人外のごった煮なの。あ、吸血鬼寄りって言っても、血は主食でも何でもないけどね。必要って言えば必要だけど、牛乳とか鉄剤とかとってれば問題ないし」
「このこと、クラウスさん達は知ってるんだよね…?」
「もちろん知ってるよ。この世界に来て最初に会った人がクラウスさんとスティーブンさんとチェインさん……と、堕落王だったし。堕落王は、まあおいといて、クラウスさん達にはその時に色々助けてもらって、血統のことも話したの」
結理は堕落王の名を口にした時だけ盛大に顔をしかめたが、レオはそれよりも引っかかる単語があった。
「……この世界?」
「うん」
問いかけに結理はあっさり頷いた。
「わたしはこの世界の住人じゃない。わたしに流れてる吸血鬼の血は、血界の眷属の血じゃないの」
「…………え?」
結理の言葉に、レオは訳が分からないといった風に複雑な表情になった。吸血鬼とはつまり血界の眷属のはずだが、彼女に流れる血はそうではないと言う。さらにこの世界の住人ではないという言葉。ニュアンスから異界、という意味ではなさそうだった。その反応は予想していた結理は、少し楽しげに苦笑する。
「わたしは異界でもない、別の次元から来た存在ってこと」
「………………」
内容が噛み砕けていない内に理解の範疇を超えた言葉を放り込まれて、レオは再び絶句する。更に複雑そうに顔を歪めるレオを見て、結理は思わず噴き出してけらけらと笑い出した。
「わっかりづらいよねー!」
「分かり辛いっつーか全然分かんないよ!え?吸血鬼だけど血界の眷属じゃなくて…別の次元…!!?」
「パラレルワールドって分かる?」
「うん、まあ……」
「つまりそうゆうこと。わたしはパラレルワールドって呼ばれてる世界から、このヘルサレムズ・ロットに来たの。そのパラレルワールドの吸血鬼の血統だから、血界の眷属とは違うってこと」
「……あー……」
レオはまだ複雑な表情を崩さなかったが、彼の中で何か噛み砕ける場所があったのか、訳が分からないといった雰囲気はなくなっていた。もしかしたら全てを理解するのは諦めたのかもしれないが、どちらなのかは結理には分からない。
「でも、何でHLに…?」
「来たの自体はたまたま、かな?故郷が……家族も一緒に滅んじゃってね、定住できそうな世界を探してたの」
「……ごめん……」
「あ、謝んなくていいよ!割と昔の話だし……」
辛いことを思い出させてしまったと肩を落とすレオに慌てて返してから、結理は噴き出す様に笑みをこぼした。怪訝そうにレオが見ると、少女は笑みを引っ込めずに答える。
「この世界に来たばっかの時、クラウスさんとも似たようなやりとりしたから……」
楽しげに、懐かしそうに、結理は笑みをこぼしながら両手でグラスに触れた。
「もう一年ぐらい前になるかな…?前いた世界からここに来て……」
それから少しだけ長い昔話を、少女は始めた。
異界都市日記4 了
2024年8月11日 再掲