幕間:宵闇の宴
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「ぶはっ!はーっ!はあ…!はー……はー……ああーしんど……!」
「ユーリ!!!」
全てが終わり、解放されたように大きく呼吸を繰り返す結理に、レオが瓦礫の山を越えてよろめきながら駆け寄った。結理は投げされたように座り込んだまま肩で荒く息をつきながらもレオに笑いかける。
「レオ君……大丈夫だった?」
「俺より自分の心配しろよ!!」
「あはは……見た目よりは平気だから……ぃたた……」
「どこがだよ…!」
「結理!」
「クラウスさん……」
慌てた様子で駆け寄ってきた我らがリーダーに、結理は力の入っていない苦笑を向ける。
「すいません……無傷で頑張りたかったんですけど、こんな結果で……」
「いや、長老級を相手によく生き延びてくれた。君が奮闘していなければ、被害もさらに拡大していただろう。」
「えへへ……頑張ったかい……ありました……」
労いの言葉をかけながら、クラウスは結理を抱え上げた。嬉しそうに小さく笑い、深く息を吐いて目を閉じた少女の身体から力が抜ける。負傷と疲労で気を失ってしまったようだ。
「レオ、君は怪我はないかね?」
「あ、大丈夫です!ちょっと擦りむいただけっす」
「うむ。では一旦事務所に戻ってくれ給え。私は結理を病院へ連れていく」
「はい」
レオは指示に頷いてすぐ様現場を離れた。
戦闘が終了した際、ライブラのメンバーはすぐ様散開してそれぞれ別ルートを通って事務所へ向かう。その取り決めに沿って少しだけ回り道をしながら事務所へと向かう途中でふと、先程の結理の様子を思い出した。
(あれが、吸血鬼のユーリの姿……)
獣のように縦長の瞳孔をした瞳に、鋭く伸びた犬歯。正しく伝承にある吸血鬼の姿と、いつも以上に濃くまるで悪魔の羽を広げたような緋いオーラに、今更ながら背筋に寒いものが走った。気心の知れた仲間であっても、非常時や咄嗟の際に出る殺気や威圧感には未だに慣れず、気圧されてしまう。
少女はただの人間ではない。その事実を見せつけられた気がした。
病室は四人部屋だったが、埋まっているベッドは一つだけだった。片手に袋を提げたレオは、その一つに歩み寄る。
「ユーリ」
「レオ君!」
声をかけると、退屈そうな様子でぼんやりと外を眺めていた結理は、レオの姿を認めるなりパッと表情を輝かせながら起き上った。肌が見える所の半分以上は包帯とガーゼで覆われているが、起きた際に痛みに顔をしかめた様子はなかったので、絶対安静の大怪我といったわけではなさそうだった。
「これ差し入れ。って言っても、スティーブンさんからだけど」
「わーい牛乳!……って、とっとと治して復帰しろって意味?」
「そういう捻くれた見方するんならあげなくていいって言われたよ」
「労いありがとうございます番頭様大好きですって伝えといて」
さらりと言葉を翻して、結理は早速瓶を一本取り出して蓋を開けると一気に飲み干した。
「ふはー……!生き返るー…!!」
「よかった。元気そうだね」
「うん。元々様子見の入院だったし、明日には退院できるって。戦線復帰は明後日以降かなあ…?」
安心したように息をついたレオに答えてから、結理は二本目の牛乳瓶を開けた。中身を呷って一息ついてふと、何かを思い出した様子で気まずげに少しだけ顔をしかめた。少女の表情に気付いたレオは、怪訝そうに首を傾げた。
「どうかした?」
「……あー……のさ、レオ君……昨夜のわたし、なんだけど……」
言いにくそうにたどたどしく言葉をこぼしながら、結理はちらちらと窺うようにレオを見る。
「……怖かったでしょ?」
「……うん」
問いかけに、レオは隠すことなく頷いた。
「ぶっちゃけ怖かった」
「だよねぇ…!!」
「だって、長老級だって言ってた血界の眷属に一人で向かってくからさ」
困ったように苦笑する結理に即答すると、少女は笑みを引っ込めて驚いたように一度瞬きをしてから、不可解そうに若干顔を引きつらせる。
「……え、そっち?」
「そうだよ!いつもはクラウスさん達と皆で戦ってようやく密封してる相手だぞ!?殺されるんじゃないかってヒヤヒヤしたんだからな!」
「血ぃ吸った後のわたしは!?」
「そりゃビビったよ。マジで吸血鬼みたいになんのな」
「それだけ…!?」
「それだけだよ」
「…………………………」
驚愕というよりは愕然に近い表情で問うてくる少女に、レオは当たり前だと言わんばかりに再び即答した。
血を喰らい、力が解き放たれたように変化した獣のように縦長の瞳孔をした瞳に、鋭く伸びた犬歯。正しく伝承にある吸血鬼の姿と、いつも以上に濃い緋のオーラに背筋に寒いものが走った。
少女はただの人間ではない。その事実を見せつけられた気がした。
けれど、
―大丈夫、これ以上あいつの好きにはさせないから―
そう言って笑ってみせたのは、確かに自分の知っている結理一之瀬だった。
その姿だけで、たったそれだけのことで、恐怖になるはずだった感情はちょっとびっくりした程度に納まった。
「……ふっ…!」
レオの言葉に嘘も気負いもないことが分かったのか、結理は数秒程呆気にとられたようにあんぐりと口を開けていたが、やがて気が抜けたように噴き出し、うつむきながら体を震わせて笑いだした。
「……あーもー……レオ君のそうゆうとこほんと好き…!」
「?」
「いや……うん、好きって言ってもあれ……友達として……あーでもヤバい……惚れちゃいそう……あははははははははは!」
体を折り曲げて肩を震わせていた結理は、しまいには声に出して笑っていた。何がそんなに面白かったのかしばらく止まりそうにない少女を、レオは何とも言えない表情で眺めている。
やがて気が済んだ結理は、目尻に溜まった涙を拭いながら息を整えて、レオを見た。
「……ありがとうレオ君」
「???何で?」
「うーん……牛乳持ってきてくれて、かな?」
「いやだから、それスティーブンさんからだし」
「持って来てくれたのはレオ君でしょ?」
「そうだけど……」
納得がいかないのか訝しげに顔をしかめるレオを眺めて、結理は小さく笑う。
伝わらなくていいし、伝える必要もない。
伝えた所で、きっと彼は何でもないように笑うのが、もしくは本気で分からずに困った顔をするのが分かっているから。
だから言葉には出さない代わりに、この『日常』を素直に享受する。
「……レオ君」
「?」
「レオ君のおごりでご飯行くの、楽しみにしてるから」
「え?あ、うん……」
「今度は何も起きないといいね?」
「えー……怖いこと言うなよー」
「あはは!」
了
2025/07/27 再掲
