某日は凶悪犯罪組織の取引阻止の任務だった。阻止することによってヘルサレムズ・ロット内外を問わず万単位で溢れかえってしまうであろうドラッグ中毒者を未然に防ぐことのできる大事な、実に大事な作戦の決行日であり、

　K.Kの息子の授業参観日でもあった。

　当然ながらK.Kは任務参加を渋った。何度も何度も破ってしまった上でやっと取り付けることのできた、彼女にとっては最後のチャンスに等しい約束を破れない。これを破ってしまったら母親としての信頼が失墜してしまうと、涙ながらに訴える彼女に強く出られる者はほとんどいなかった。

　それは今回の作戦を指揮するスティーブンも同じなようで、ため息交じりにK.Kの訴えを肯定した……



　…………かに見えた。



「今回の作戦は結理も参加する」
「……」


　スティーブンの口から出てきた名前に、立ち去ろうとしていたK.Kは足を止めざるを得なかった。


「最初は結理が敵の誘導をした所を君に叩いてもらう作戦を中心に行こうと思っていたが、君がいないんじゃ仕方がない。囮と露払いを結理一人にしてもらうことにするよ。ま、これで結果何人か命を落とすかもしれないが、気にしないでくれK.K。彼等は二度と子どもの授業参観には行けなくなるが、それは抜けた穴を補えなかった我々の責任だ。気にせず君の息子達の成長を見守ってくれK.K。無鉄砲でじゃじゃ馬で自分の優先順位が限りなく低いあの結理に最も危険で最も生存率の低い最前線を一人で任せることになるが、君が息子達の成長を見守れるのなら本望だろう。彼女は君の家族を大層気に入っていたからね。場合によっては僕らを見るのがこれが最後になってしまうかも知れな「やるわよ！！」


　脅しという表現ですら生ぬるい言葉攻めに、K.Kはたまらず叫んだ。こっちだって任務の重要性は理解しているし、申し訳ないとも思っている。それが分かっていながら、と言うより分かっているからこそ、この腹黒男はK.Kが娘同然に可愛がっている少女の名前まで出してちくちく針を刺してくるのだからたまったものではない。


「でないと今私がアンタを殺しちゃいそうだからやるわよ！！」


　悔しさやら何やら色々な感情を吐き出すように、K.Kはやけくそ気味に言い放っていた。









「K.Kさん！」


　K.Kが結理と顔を合わせたのは、そんな攻防戦があった次の日のことだった。顔を見るなり駆け寄ってくる結理は、申し訳なさを顔前面に出してK.Kを見上げる。


「ごめんなさいK.Kさん。作戦の決行日、息子さんの授業参観なんですよね？」
「平気平気！ユーリっちが謝ることじゃないわよぉ！」
「でも、わたしが一人でまかなえたら、K.Kさんが加わんなくて済んだのに……」


　しゅんとした面持ちで肩を落とす結理はとても儚げで、K.Kは衝動的に抱きしめてやりたくなったが、その気持ちは全力で圧し殺して少女の目線まで屈む。


「……ユーリ、」
「はい」
「スカーフェイスに何言われたのか知らないけど、アンタが気に病むことじゃないわ。悪いのはヤクなんてばら撒こうとしてるバカな組織でしょ？私が出ることであの子達の平和を守れるんなら願ってもないことよ」
「K.Kさん……」


　まだ何か言いたげで、けれど何と言っていいのか分からないといった様子の結理の黒髪を、K.Kは優しく撫でた。

　息子の授業参観に行けないことはまだ悔しいし悲しい。けれど目の前にいる、自分のせいなのではないかと気に病む少女を危険な任務に放りだして自分だけ休暇を取って、何とも思わない訳がない。


「頼んだわよ？ユーリ」
「……はい」
「あ、そうだ。今度さ、またウチの子達と一緒に食事行ってくれない？ユーリ姉ちゃんに会いたいー！ってせがまれちゃってさ」
「……はい！是非行きましょう！！」
「あーんもうやっぱり可愛い！！」
「うわわわ…！」


　ぱっと表情を輝かせた結理を、K.Kは今度こそ遠慮なく抱きしめた。




　そうして必死に考えた。何とか『両立』させる手段を。










「昨日帰り際にK.Kさんに会ったんですけど、やったら気合入ってたんですよねぇ……もしかして、とっとと終わらして授業参観行こうとかって考えてるんですかね？」
「ああ、それなんだけどね、K.Kは授業参観に行くよ。」
「……はい？」


　さらりと伝えられた言葉に、結理は顔を引きつらせてスティーブンを見上げていた。少女のリアクションを予想していたらしいスティーブンが苦笑を漏らすが、それで結理の混乱は収まる訳もない。


「え……ええ？どうゆうことですか？だって昨日作戦の打ち合わせしたんでしょ？」
「そう。作戦に出て、授業参観にも行くんだ」
「？？？分身の術…？」
「まあその辺の説明は最終打ち合わせで改めてするよ。少し不穏な噂も耳にしたし、もう一回突入組で情報を共有しときたい」
「不穏な噂？」
「向こうの組織にとんでもなく強い用心棒がいるらしいんだ。ただの強いならいいんだが……」
「……楽に終わるといいなあ……」


　無理とは分かっているが、結理はあえて口に出した。嫌な予感を払拭する為でもあるし、緊張を解く為でもある。何しろこの手の任務に参加するのも本格的な武装をするのも初めてだ。嫌でも緊張する自分を誤魔化すように、普段つけているものとは違うグローブに覆われた拳を何度か握ったり開いたりする。


「どこかきつかったり緩かったりするかい？」
「いえ、ぴったりです。よくわたしサイズの装備（コンバットスーツ）なんてありましたね。」
「今回の為にオーダーメイドさせてもらったよ」
「……そうですか」


　採寸した覚えはないのだが、そこに突っ込んではいけないだろうと判断して、結理は当たり障りのない返事をしておいた。


「……いらん邪推をしてるようだけど、君が定期的に受けてる身体検査のデータで採寸しただけだからな」
「っ！！や、やだなあ分かってますよそんなのあはははは！！」


　勝手にデータを拝借されるというのもそれなりに問題なのだが、今回の作戦の為に他の業務を詰め込んでいて採寸の時間もなかったことと、そもそも問題に気付く余裕もなかった結理は慌てて乾いた笑い声を上げた。

　直後にセットしていたアラームが鳴り、今まであったどこか和やかな空気が消える。


「……時間だ。行くぞ」
「はい」


　一つ鋭い息をついてから返事をして、結理は表情を引き締めた。


「所でスティーブンさん、」
「ん？」
「コート着ちゃ「駄目」せめて言い終わってから却下してくださいよぉ…！」