異界都市日記20
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何時間にも感じられた数十分の沈黙を破るように、白い空間の出入り口から放り出されるように少女が飛び出してきた。
「結理!」
「ユーリ!!」
倒れたまま動かない結理に、クラウスとK.Kが慌てて駆け寄って抱き起こす。意識はあるようだが、呼びかけに答える余裕もなさそうな程消耗している少女の姿に、推察が確信に変わった。
「……やはり何かを願ったのか!」
「いや、実に惜しかった」
問いのような言葉に少女が答える前に、時の庵から出てきたドン・アルルエルがどこか楽しげにそう言った。惜しかったという言葉にクラウスは表情を強張らせ、K.Kはホルスターに手を伸ばす。
だが、それを遮るように結理が息を切らせながらも起き上がり、クラウスとK.Kを制するように腕を広げてドン・アルルエルを見据えた。
「後一分あれば詰ませられたのだが……まさか渾身の攻め手を囮に使って逃げ切るとはね」
「……言ったでしょ……なりふり構ってられないって……」
「……本当の所を言うと、君との対局も楽しいよ。実力こそまだまだだが、君の戦術は中々興味深く、怯まずに攻め抜く姿勢は素晴らしい。先程の発言は撤回させてくれないかい?」
「雑談は今度にして下さい」
相手を見据えたまま、結理はほとんど力の入っていない声で言葉を紡ぐ。
「約束です……」
「わたしの故郷が滅びた原因を……生き残ってるのが本当にわたしだけなのかを、教えてください」
縋るような声は、広い室内で吸収されてしまったようにすぐに消えた。
「……あの出来事は我々でも全てを把握していた訳じゃない。異界(こっち)で観測した時には既に、君の故郷は取り返しがつかない程崩壊が進んでいた」
「……それは……」
「そうだ。異界と君の故郷は、幾度か繋がったことがある。今は誰もいないが、君の故郷の吸血鬼が次元を超えてきたこともあるよ。その繋がりが崩壊の原因だったのかは明確には断言できない。だが、その日の君の記憶を呼び起こすことはでき、そこから原因を探れる可能性はある。対局前に言った君の望む形で叶えてやることはできないというのは、そういう意味だ」
「お願いします」
問いかけられる前に即答して、結理はふらつきながらもドン・アルルエルに歩み寄る。ドン・アルルエルは恐れることも躊躇うこともせずにすぐ側まで来た少女の額に、軽く指を当てた。
「後者の願いだが、君だけが生き残ったのかどうかは君自身が一番理解しているはずだよ、『理に背く者―ディストート―』」
「っ!……分かってます」
告げられた言葉に数瞬だけ目を見開いた結理だったが、すぐに浮かんだ表情を消して淡々と返す。
「でも、それでも……願わずにはいられないんですよ」
「……さあお喋りは終わりだ。君が勝ち取った対価を渡そう」
「……!!!!」
結理が力なく膝をついたのは、それから一分程の沈黙が流れてからだった。
最初に思い出したのは、ごくありふれた一日の始まりだった。
年の瀬の迫った、よく晴れ渡った冬の日。いつも通りに起きて、身支度をしながら今日の予定を思い起こして、そうだ、年末だって言うのに『仕事』が入るかもしれないんだった。なんて思いながらリビングに降りて、いつも通りに朝っぱらから胸焼けしそうなくらい仲のいい両親と顔を合わせて雑談をして、出かける時間になったからわたしが一之瀬の一人だって証明の黒のコートを着て外に出て……
そんな、何でもない一日が始まって、何でもなく終わって、また明日もいつも通りに来るんだと思ってた矢先だった。
世界の崩壊が始まったのは。
そこに理由なんてなかった。
強いて言うなら、神様っていう表現でも足りないくらいの力や概念が動いた結果だったんだろう。人一人じゃ到底理解できない、受け止められる訳もない程の『何か』が、わたしの世界を滅ぼした。
理由も、原因も、抗う術も、どうあがいても手の届かない所にしかなかった……