異界都市日記20
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いつものように挨拶を終え、いつも以上に心配の視線が背中いっぱいに突き刺さりながらも白い空間に入る。多分クラウスも察しているのだろうことに気付き、申し訳なさに苦笑がこぼれたが、退くつもりはない。
何もない空間の中に唯一ある遊戯の卓に着くなり、結理は真っ直ぐに相手を見た。
「……ドン・アルルエル。今日はわたしの願いを聞いてはくれませんか?」
「ほう…?」
少女の言葉に、ドン・アルルエルは興味深げな様子を見せた。結理は表情を変えず、けれど緊張を隠すように膝の上に乗せた拳を緩く握り、神性存在と並ぶとされている異界存在を見据えた。
「君がそんなことを言うなんて珍しいじゃないか」
「どうしても、知りたいことがあるんです」
「……いいだろう。勿論、その願いに応じた分の時間だけ対局をしてもらうがね」
「……かつて異界に現れたことのある異次元の吸血鬼について教えてください。彼等がどうやって異界に来て、何を為したのかを」
「それでは応じられないな」
「っ!どうしてですか…?」
「その願いに値するゲーム時間は5分だ。少々短すぎる」
「………………」
予想外に短い対価と思いもよらなかった断られ方に、結理は絶句してしまった。次の言葉を継げないでいる少女に、ドン・アルルエルは静かに告げる。
「……もっと率直に言ってごらんよ。一之瀬結理」
「……っ…!」
「君の叶えたい願いは何だ?」
「…………」
見透かされたような問いかけを受けて、結理は数秒黙った。
「……わたしの、願い……は……」
迷いはその数秒で消え、いつの間にかうつむいていた顔を上げて、願いを口にする。
「……30時間」
「!」
願いを聞いたドン・アルルエルは一瞬間を置いてから答え、表情を強張らせた結理が言葉を返す前に続ける。
「と、言いたい所だが、残念ながらその願いを君の望む形で叶えてやることはできない。最悪の場合こちらが情報を与えたとしても、手掛かりすら得ることはできないかもしれないが……それでも良ければ7時間で応じよう」
「お願いします」
即答した結理は握り締めていた拳を解いた。
「……珍しい手を打つじゃないか」
「今日ばかりは小細工も付け焼刃も許して下さい。なりふり構ってられないんで」
からかうような言葉に、結理は盤面から目を離さずに答えた。言葉を繕う余裕すらなく、ただひたすらに次の手を考え、相手の出方を読み、絶えず変わる戦況に思考と視線を巡らせる。
今までドン・アルルエルと対局をした中での最長は二時間だった。特にルールを設けた訳ではなかったのだがその時は偶々調子がよく、結局いつも通りに負けはしたものの自分の中ではかなり好成績だと思えたことをよく覚えている。
今回はその三倍以上の時間を、負けずに戦い抜かなければならない。負ければ何も得られず、文字通りに全てを失う。
「ふふ……矜持を捨ててまで願いを叶えたいか」
「何とでも言ってください」
「貶した訳ではないよ」
「……そうですか」
やや不可解そうに顔をしかめながらも、少女は恐れを見せずに手を動かし続けた。
いつもの自分から攻めていく姿勢ではなく、相手の攻めを潰し、いなしていく、逃げともとれる守りの戦法。面白い戦術だと心に留めておいた手を最大限に利用しながら、相手の出方を読んでいく。
勝つ為ではない、負けない為の戦い。
「やはり君は面白いな」
「……どうも…?」
どこがどう面白いのかはいまいち分からなかったが、それを問い返す余裕もないので曖昧に頷きながら、結理は次の駒へ手を伸ばした。