異界都市日記20
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異界に入らずに異界を知る方法。
その手段があることにふと気付いた。
この異界都市でそれなりに暮らしてきてできた縁に、何故すぐ辿り着かなかったのだろうと思ったが、恐らく無意識に除外していたのだろうという結論がすぐに出た。
リスクが高過ぎる為だ。下手をすれば何も得ることは出来ず、更にただ失うだけという結末を迎える。というより、その可能性の方が極めて高いことは嫌でも分かっている。
迷う時間は、そう長くはなかった。
濃い霧に覆われて徐々に傾いていく道路を、一台の車が走っていた。向かう先は更に霧が深く、道路も傾き続けているのに、タイヤが道から外れる気配はない。
「にしても驚いたわ」
そんな道を走る車内にいる一人が、ため息交じりに声を発した。
「ユーリっちがあのジジイのお気に入りだなんてねえ……」
「わたしも何が気に入られてるのか全然……いつもこてんぱんにのされてますし」
嫌そうに顔をしかめるK.Kに、結理は苦笑交じりに言葉を返していた。
「一回聞いた事あるんですよ。わたしと指してて何が楽しいんですかって」
「そしたら?」
「その質問は99時間の対局に値するって言われたんで、即行で取り消しました」
「へえ!ユーリっちでも退く事あるのね!」
「いやいや、そんな軽い質問に命かけられませんよ……」
感心とからかいの混じった笑みを向けて来るK.Kに苦笑を深めて返してから、結理は逆隣に座るクラウスを見上げた。視線に気付いて少女を見るクラウスの表情は強張っていて、知らない者が見れば不機嫌ともとられてしまうような、逃げ出したくなるような形相をしている。
そんな、全身から心配のオーラを発しているクラウスに、結理はふわりと笑いかける。
「大丈夫ですよクラウスさん。わたしとの対局は息抜きの遊びだって、彼自身も言ってますし。まあ……いい加減終わっただろうって思った矢先の呼び出しはちょっとびっくりしましたけど、その内飽きますって」
「しかし、君は常に全力で対局に臨み、それ故に無理をし過ぎる事が多い。いくらリスクが低くとも、心配はさせて欲しい」
「……ぅ……」
きっぱりはっきりと言われ、結理は言葉を返せずに何とも言えない表情になる。それを見たK.Kが、堪え切れなくなったように噴き出した。
「ユーリの負けね!」
「やる前に縁起悪い~……」
「逆よ。先に負けといた方が後で勝てる確率上がるじゃない」
「何かすごい超理論……つかあの人に勝つの無理ですよ絶対……」
どこか釈然としない呟きを乗せて、車は目的地に向かって走り続けていた。
結理は不定期に、異界側の顔役の一人であるドン・アルルエル・エルカ・フルグルシュに呼び出されて謁見をしていた。
その理由はとてもシンプルで、プロスフェアーの対局の為だった。
クラウスから存在を聞いて結理に興味を持ったらしく、自身の手腕は中級者にギリギリ届くか否かといったレベルでしかないと思っていた結理にとっては、最初に呼び出されて理由を聞いた時は寝耳に水で、軽い息抜きで賭けもしないと宣言されていても最後まで死の覚悟は拭いきれなかった。
そして、その一回で終わるだろうと思っていた謁見と対局は、それから何回も続いた。時にはライブラで追っている事件の情報を得る為の謁見の際にも、肩慣らしとして対局を要請され、その時は焦りから来る雑な手筋を容赦なく咎められたりもした。
おかげでプロスフェアーの腕前はいくらか上達したが、その研究と研鑚に千二百年もの時を費やしたらしい顔役との差は一切縮まることもなく、にもかかわらず何が楽しいのか何の気紛れなのか、今日も結理は呼びつけられていた。
その『タイミングの良さ』に、結理は見抜かれているのだろうかと少しだけ勘繰ったが、答えを知ることは恐らくできないだろうということも、同時に気付いていた。