異界都市日記20
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ライブラの執務室は重苦しい空気に支配されていた。
空気の発生源はクラウスと結理で、二人はそれぞれ別々のパソコンのディスプレイを睨むように凝視している。互いに言葉を交わすこともなく、どちらも無言を貫いたまま鬼気迫る表情でマウスを操作していた。
執務室に入った時点でその空気にさらされたレオとツェッドは、退出することもできずに本棚の隅に隠れるように身を寄せ合っていた。
「な、何なんすかあの二人……何でユーリまであんな人殺してきたみたいな顔してんすか…!?」
「分かりませんが……ただ事でないのは確かなようですね」
「つか、僕等が昼飯出る前までは仲良く植物の手入れしてたのに、何で帰ってきたらこんな空気になってんですか…!」
「……喧嘩でもしたんでしょうか?」
「クラウスさんとユーリがですか…?」
「結理さんが徹夜続きならあり得ない話ではないのでは?」
「でも最近は、僕が知ってる限りですけどそんなに仕事立て込んでないですよ」
囁き合うレオとツェッドに気付いた様子もなく、クラウスと結理はそれぞれディスプレイを凝視し続けている。一体何があったのかは分からないが、凄まじい闘気を発しながら画面に向かっている姿は大きな騒動と対峙している姿によく似ていた。結理に至っては、まるで血界の眷属を相手取っているかのような真剣な表情をしている。
「……二人揃ってそんな所で何をしてるんだ?」
「スティーブンさん!」
どうしたものかと思っていた所で、呆れ交じりの怪訝そうな声がかけられた。見るとそこには別室にいたらしいスティーブンが書類の束を持って立っていて、レオとツェッドはなるべく音を立てずに慌ててスティーブンの所へ向かう。
「クラウスさんとユーリどうしたんすか…?!何かめっちゃくちゃこええんすけど…!!」
「ん?おお…!」
レオに言われてようやく気付いたようで、スティーブンはデスクの方を見るなり驚いた様子で身じろいだ。それからすぐに何かを思い当たった様子で苦笑をこぼす。
「こりゃあ……あれか?」
「「あれ?」」
「く…!」
心当たりがあるらしいスティーブンがレオとツェッドに回答を投げる前に、事態が動いた。ずっと無言を貫いていたユーリが呻くような声を漏らし、これ以上にない程の渋い表情で大きく息を吐いてから、悔しげにぽつりと呟いた。
「……投了です」
その言葉で、ずっと重く張りつめていた空気が緩んだ。近付いても大丈夫そうだと判断したレオが、そっと結理が凝視していたディスプレイを覗き込むと、そこに映っていたのは二色に色分けされたボードとそこに乗っているいくつもの駒だった。
「……ゲームかよ!!!」
「ああーー悔しいぃぃっ!!」
レオが思わず全力で突っ込みを入れる中、結理は腰かけていた椅子が音を立てて軋む勢いで仰け反った。
「今日こそ王手かけられると思ったのにーー!!」
「うむ。何度かひやりとした場面はあった。手筋も以前よりずっと洗練されている」
「ほんとですか!?」
「36手目で「暴君」と「背教徒」のどちらを動かすか迷わなかったかね?あの場面では「背教徒」をF4に打てば後の攻撃に活かせた」
「36……ああそこやっぱり迷ったんですよ!でも次の戦域放棄に繋げるのにそこに「背教徒」打つの邪魔かなあって思っちゃったんです!」
「それならば「屍騎」を一旦下げた後に「兵鬼」で固める戦法を取った方がよかった。君の指し方の場合その方が柔軟に対応できただろう」
「あー成程!いやでも、その後……どこだ…?あった。48手目で戦域拡大された時は、あ、詰んだって思いましたよ……「背教徒」打っといたら防げた場面でしたもん」
「その後の立て直しは見事だった。以前教えた戦法もきちんと活かせている」
「えへへ……ありがとうございます。やっぱこうやって打ち終わった後にすぐ見直しできるのいいですよねえ…!ネット対戦だとチャットできない時とかありますし」
重い空気が消えた途端にうきうきとした様子で専門用語らしき言葉を羅列するクラウスと結理を、完全に置いてけぼり状態にされているレオとツェッドは呆然と眺めていた。その表情のまま縋るようにスティーブンを見やると、いつの間にかごく普通にソファに座って書類を読みながらも言葉を投げてくれた。
「二人でプロスフェアーの対戦をしてたんだろう。お嬢さんも相当熱中してるタイプだからね」
「……毎度思いますけど、ユーリ何であれ理解できるんすか……」
全く理解できないといった風にぼやいてから、レオは改めて結理を見た。
先日見せた酷く疲れ切ったような表情は、今の少女には全くない。また溜め込んでしまったのか本当に吹っ切れたのか、レオには判断することが出来なかった。
そんな少年の胸中に気付いた様子もなく、結理は明るい表情でクラウスと話し続けていた。
「しかし本当に、結理の上達には目を瞠るものがある」
「色んな人とネット対戦とかもしてますしねえ……それに……まあ、嬉しいとは言い切れない経験値も、多少以上積んでますし……ぁ…………」
苦笑して息をついた結理が、不意に表情を変えた。何か重大な事に気付いたかのような表情で黙り込んでしまった少女に、クラウスが怪訝そうに声をかける。
「結理?」
「っ!あ、いえ!最近『呼ばれて』ないなあって思いまして……流石にもう飽きてくれたんですかね?」
「……それならばいいのだが……」
「大丈夫ですってクラウスさん!元々わたしと指そうって思ったのが気まぐれ中の気まぐれだったんですよきっと」
表情を曇らせるクラウスに、結理は慌てて言い繕うように言葉を返していた。