異界都市日記19
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ライブラの事務所ではまだクラウスとスティーブンが業務を行っていた。二人はレオが連れてきた消沈した面持ちの結理に驚いた様子を見せたが深くは聞かず、ひとまず濡れた服と冷えた体をどうにかするようにとだけ促して、仮眠室の方へ少女を通した。
「はい」
「……ありがとう」
差し出された湯気の立つカップを、肩に毛布をかけて頭にはバスタオルを被っている結理はお礼を言いながら受け取った。ミルクが多めのココアを一口すすり、張りつめていた緊張が緩んだようなため息をつく。
「……あったかい……」
思わずといった風に呟いた少女は、困ったような苦笑をレオに向けた。
「ごめんねレオ君。変な心配させちゃったみたいで……クラウスさん達にも後で謝んないと……」
「……そんなことよりさ、」
お世辞にもいつも通りとは言えない表情を見せながらそんな言葉を吐く少女に、呆れたような息をついたレオは結理の隣に座った。
「……最近ずっと元気ないみたいだけど、何かあったの?」
「……別に……嘘。ごめん。わたしが悪かったから怒んないで」
盛大に顔をしかめているレオに即座に謝ってから、結理はそれほどまでに心配されていたことに今更ながら気付き、また苦笑を漏らした。
それからすぐに、視線を逸らすようにサイドテーブルにカップを置いてからうつむく。
「……わたしね……この世界に来る前から、どうしても知りたいことが……ずっと探してるものがあるの。」
「探してるもの…?」
問いのような呟きには答えず、少女はうつむいたまま続けた。
「ずっとずっと探してて……HL……てゆうか異界なら、もしかしたら分かるかもしれないって、手がかりみたいなのを見つけたと思ったの。でも、そうじゃなかった。わたしの探してるものは異界じゃ見つからない……でも本当は……薄々気付いてた。だって……」
ぽつぽつと言葉をこぼしながら、結理は肩にかけた毛布を握り締めた。それは普段少女がサマーコートを着ている時にする癖で、何かを思い悩んでいる時にする行為だということを、レオは最近になって気付いた。
「……何か……それ以外にもちょっとあってさ……少し……疲れちゃった……」
ため息をついた少女は泣いてはいなかった。ただ言葉の通り、言葉以上に、酷く疲れ切っていた。
「……そういう時は、休んだ方がいいよ」
そう言って、レオはタオル越しに少女の頭を撫でた。
今にも折れてしまいそうな結理に何を言っていいのか分からなかった。詳細を語ろうとしない少女から聞きだす術も、上手い励ましの言葉も見つからない。
けれど、だからこそ、せめて寄りかかって欲しいと、思ってしまった。
「疲れてると、考えなくていいことも考えちゃうからさ」
「……そうだね」
頷いた結理はそのまま倒れ込むように、レオから離れるようにベッドに横たわった。
寄りかかろうとはしないが、弱っている姿は隠さない。それは少女からしてみれば、十分に寄りかかっているのだろう。
「前にも……こんなことあったよね……」
「そうだっけ?」
「わたし……レオ君に甘えてばっかだなあ……」
「その分……いや、それ以上に俺もたくさん助けてもらってるから、おあいこだよ」
「……ありがとう……レオ君」
力の入っていない声で、少女はうわ言のように言葉を紡いだ。
「……明日はもう……いつも通りに……なるから……」
「無理しなくていいよ」
「……ううん……話したら、少し楽になったから……本当に……大丈、夫…………」
囁くような言葉を漏らした後は、寝息だけが聞こえてきた。
「……何してんすか……」
仮眠室の扉の先にいた二人に、レオは何とも言えない表情で尋ねていた。その二人、クラウスとスティーブンはばつが悪そうに視線を逸らしながらも、問いには答える。
「その……結理の様子が気になったもので……」
「最近妙に気落ちしてるようだったから、また何か抱え込んでるんじゃないかって思ったら、案の定だったようだね」
「まさか……最初から聞いてたんですか?」
「……すまない」
「聞くつもりはなかったんだけど、まあ流れで……」
思わず咎めるように問うと、クラウスは背中を丸め、スティーブンは気まずげに弁明にもならない弁明をした。
それからふと、思案気に言葉をこぼす。
「……結理の探しものか……」
「?何か心当たりあるんすか?」
「大体想像はつくんだけど……それが正解なら見つけるのは不可能だろうね。彼女も気付いているようだけど、途方もなさ過ぎる探しものだ」
「だがそれでも、結理は諦めないだろう」
「だよなあ……」
クラウスの断言に息をついたスティーブンは考え込むように視線を下げたが、すぐに気を取り直すように続ける。
「まあとにかく、今はゆっくり休ませてやろう」
「……はい……」
言葉と一緒に促されたレオは、歩きだす前に一度だけ扉を、その向こうにいる少女を見やった。
異界都市日記19 了
2024年8月17日 再掲