異界都市日記19
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街中に現れた合成獣は、簡単に言えば巨大なネズミだった。
積極的に誰かに襲いかかるような凶暴性は少ないが、人が立っていようが車が通ろうがお構いなしに道を駆けずり回る上に、仲間に出くわしてぶつかり合うと新たな一体が生まれる為、数は際限なしに増殖して様々な被害を拡大させ続けている。
『増殖の核となっている本体は全部で四体。破壊すれば核から生まれた個体も連動して消えるらしい。一体は破壊済みだから残りは三体だ』
「やっぱりルレカさんに全部引き継ぎさせて奴は切り刻みましょう。もしくは前に踏んでくれって言ってたからお望み通り踏み潰して床の模様にしてやりましょう」
『……同意したい所だけど、趣味の骨董市巡りを控えさせるぐらいで許してやってくれ。まあ……流石に次はないけどな』
「その言葉が聞けただけで十分です」
氷点下の声音になったスティーブンに笑み交じりの言葉を返しながら、結理はグローブをはめた手を打ちつけて腕を振るった。
「『血術―ブラッド・クラフト―』……『棘鞭―エッジ・ウィップ―』!」
突進してきた大ネズミを棘鞭で切り裂き、周囲を探知する。正しくネズミ算式に増えていく気配の中から毛色の違う気配を探り、その持ち主に向かって駆け出した。ネズミの合成獣達は統率もなくそれぞれが好き勝手に暴れている。進路上に飛び出てくる合成獣を優先的に薙ぎ払いながら移動している間に、結理は核の合成獣の姿を捉えた。
「おお……分かりやすい」
文字通りに毛色が違う、巨大なぬいぐるみのような姿の大ネズミを見つけて思わず呟きつつ、人類の青年らしき男に突進しようとしていた合成獣に、真横から蹴りを叩き込む。盛大に吹っ飛ばされた大ネズミに向かって行きながら、結理は術を紡いだ。
「『血術』……『爪―クロウ―』!!と、『炎術』!」
振り下ろされた刃爪は合成獣を輪切りにし、間をおかずに放った炎が大ネズミを燃やしつくした。直後に、周囲を駆けずり回っていた他の合成獣が一斉に土塊のように崩れ落ちる。
「……核の一体を破壊しました」
『よし、こっちも一体片付けたから残りは一体だ。新三番街通りに向かってくれ』
「了解しました」
頷いた結理は一旦通信を切って、目的地に向かって駆け出そうとした。
「なあ君!!」
「え?……っ!!」
だが、その前に呼び止められて振り向き、息を飲んだ。
若干興奮した様子で駆け寄って来たのは、先程合成獣に襲われかけていた青年だった。
「君『ブラックヴァンキュリア』だろ!?俺前に地下闘技場で見たことあるよ!いやー、こんな所でお目にかかれるなんて……」
距離を詰められる前に、結理は刃爪を伸ばしていた。足を止めた青年は、頬をかすめた刃をほんの一瞬冷たく見下ろしてから、焦ったような表情を見せる。
「え……えっと……」
「……お久しぶりです。いや、こうして話すのは初めてですよね?」
目の前の相手に集中しながら、結理は静かに言葉を発した。
駆け寄ろうとして来た青年は少し体格のいい人類の男性にしか見えない。だがその奥に隠れている気配は全くの別物だ。
「エデンではお世話になりました」
駆け引きはなしで、相手の挙動にのみ注視して、言い放つ。
「元ミスター・オズマルド……それとも、ミスター・ブラッドブリードって、呼んだ方がいいですか?」
「…………どうして分かった?」
問いかけた時には相手の声色は変わっていた。隠すことを止めた圧倒的な気配に、思わず下がりそうになりながらも、視線は逸らさない。
「『皮』を被ってる時はそうそう見抜かれるもんじゃないんだけど……」
「……一度捉えた気配はそうそう忘れませんよ。血界の眷属(あんた達)みたいに強い気配なら尚更ね」
「……成程。一回見られちゃってるもんなあ……」
「……どうしてここにいるんですか?」
「偶々だよ。何だか騒がしいから楽しいことがあるかなって思って覗いてみたら、君がやって来た。本当にそれだけだ。だから、」
「!!」
気付いた時には相手は目の前まで来ていた。
以前見た時と同じように、すり抜けるように間合いを詰め、刃爪を伸ばしていた手を退かせるように手首をそっと掴んで、顔を覗き込む。それだけで全身から冷や汗が吹き出し、次いで来るだろう衝撃に結理は身を固くするが、相手はそれ以上動くことなく言葉だけを続けた。
「そんなに警戒しないでくれよ。君にはちゃんとお礼を言いたかったんだ」
「……お礼…?」
「短い間とはいえエデンを盛り上げてくれた可愛い前座のおかげで、大分楽しいものが見られた」
掠れた声で復唱すると、青年は獲物を見つけた狩人のような楽しげな笑みを見せた。