異界都市日記19
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風の音と重苦しい気配に支配された空間に来るのも、いつの間にか慣れてしまった。
相変わらず無人のユグドラシアド中央駅を降りた結理は、以前と同じ場所で柵にもたれかかった。濃い霧は今日も立ち込めていて、底どころか数メートル先も見えないが、探知感度を広げずとも分かる強い気配は感じ取っていた。
異界の底にいる『彼等』の中に、自分の探している『答え』を持つ者がいるのか、いないのか。それを知ることすら難しいのは分かっている。
先日の入院中にライゼスの院長にも尋ねたが、回答は芳しくなかった。
曰く、異次元と繋がる現象はそう頻繁に起こるものではなく、大崩落以降は彼が知る限り観測されていないらしい。
「異界でも上位の、神性存在に近い者達ならば何か知っているかもしれないが、謁見することはまず不可能と思ってもらって間違いではない。それに彼等でも、次元を超えた先のことを知り及んでいる可能性は低いだろう」
「……そう、ですよね……」
だが、それでも、簡単に諦めるという選択肢を取るわけにはいかなかった。
「……はあ……」
「いっそ飛び下りてみるかい?異界―ビヨンド―の底まで」
「……………」
ほとんど耳元で聞こえてきた声に向かって、結理は遠慮なく裏拳を飛ばした。だが例によって手応えはなく、気配もすぐ様遠のいた。
心底嫌そうに振り向くと、そこにいたのは予想通りに顔の半分以上を仮面で覆った見たくもない姿だった。
「……何の用ですか?」
「珍しい所に通い詰めているからちょっかいをかけに来たのさ!」
「帰れ。むしろあんたが飛び下りて二度と上がってくんなクソ堕落王」
「今日もつれないなあ一之瀬結理」
いつものようににたにたと笑いながら、堕落王フェムトは芝居がかった仕草を取って結理から少し離れた柵に寄りかかる。結理は嫌そうに眉を寄せたままだったが、自分から立ち去ろうとはせずため息をついただけで終わらせた。
「……君はここへはあまり近づかない方がいい」
「別に、何かしてる訳じゃないんだからほっといてください」
「アリギュラちゃんから警告されただろう?君は目立ち過ぎる。この間もそれで血界の眷属と交戦したばかりじゃないか」
「……どうゆう意味ですか?」
「前にも言ったが、君の存在は普通じゃないんだ。異次元の吸血鬼であり人外でありながら人間と交わっている君を異界の連中、ひいては血界の眷属が放っておくと思うかい?」
「……普段は特に何もありませんけど……」
「そりゃあ『外』にわざわざ近付いてまで見に来る物好きは少ないし、気付いてない鈍感が大半だろう。けれどここはほぼ彼等の領域だ。そんな場所に異端の者が近付けば当然警戒する。」
「……この間の彼女は、ここにわたしが来たから襲ってきた…?」
「それは彼女のみぞ知ることだ。真相は既に闇の中……いや、十字架の中、といったところかな?」
茶化している空気を隠しもしない返答に、結理は遠慮なく顔をしかめた。
その反応も向こうの思う壺なのは分かってはいるが、無視をしたらしたで相手は何かしらの表情を引き出そうとしてくるので、またややこしいことになる。それならば素直に感情を出す方が精神衛生上いくらかマシだ。
「……それで?わざわざ堕落王自ら忠告しに来たってわけですか」
「忠告という程でもない暇潰しさ。僕のせいでなく無暗に奔走している君を見ても面白くないからね」
「……ほんといちいち腹立つなあ……」
「君の探しものは異界にはないよ」
「……っ……」
からかいの色のない言葉に、少女は思わず息を詰まらせた。その反応を横目に堕落王は続ける。
「人間が思っているほど異界は万能じゃない。向こうには向こうのルールがあるし、それが偶々人間の理解を超えている時があるに過ぎない。万能だったらそもそもヘルサレムズ・ロット(こんな街)なんて誕生しなかっただろうね」
「…それでも人界(こっち)よりは進んでることだってあるでしょ?」
「それを以てしても崩れた砂の城の一粒を大海原から探すようなものだ。君では到底辿りつけやしない。僕ですら退屈凌ぎに始めた所で、途方もなさ過ぎて飽きてしまうよ」
「……あんたはわたしの」
問いかけようとした言葉は着信音に遮られた。迷うようにポケットに触れる結理に、堕落王は笑いかける。
「出給えよ」
促され、結理は渋々といった風に電話を取り出した。
「……結理です」
『緊急事態だ。『雑貨屋』がまたやらかしてくれた。召喚された合成獣が暴れ回りながら増殖を繰り返している』
「……チッ……あの変態……了解しました、すぐ向かいます」
緊急招集に頷いて通話を切り、顔を上げた時には稀代の怪人の姿はそこにはなかった。